(ゆっくり教学)45. あなたは、尊い人なのです❣️自他共に、幸せを願うことは素晴らしい。【教学】

教学

地涌じゆほまれ】
広布に生き抜く実践が成仏への
直道じきどう

ここまで、広宣流布こうせんるふの目的、末法まっぽう広宣流布、世界広宣流布を学び、さらには、地涌の菩薩の使命を深く知ることができましたね。

友の幸福、そして全人類の繁栄はんえいへ行動する広宣流布の実践に生きることが、いかにとうといことかが、だんだん分かってきましたね。

広宣流布のための活動に取り組むことで、何か、自分の心も大きく広がっていくような気がしますね。

御書には、日蓮大聖人御一人から始まった広宣流布の流れが、必ず大きく広がり、万人ばんにんの成仏の道として成就じょうじゅされていく、との御確信が示されています。


御書
「多くの流れが集まって大海たいかいとなり、ちりが積もって大山たいざんとなったのである。日蓮が法華経を信じ始めたことは、日本国で、大海のはじめの一滴、大山のはじめの一つの塵のようなのである。法華経の題目を、二人ふたり、三人、十人、そして百千万億人と唱え伝えていくようになれば、それがそのまま、仏の悟りという大山、大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに求めてはならないのである」

私たちが仏の願いである広宣流布に生き抜くなかに、「仏になる道」すなわち自身の成仏もあるのです。

そうです。成仏とは、自身の内面に、どんな環境かんきょうにも左右されない「仏の境涯きょうがい」を開くことでした。

しかし、仏の境涯を開くといっても、広宣流布に戦い続けていく、その心と行動そのものの中に開かれていくのです。

日蓮大聖人の仏法の目的である広宣流布への実践によって、一人ひとりが自身の生命境涯きょうがいを変革していくことを「人間革命」ともいいます。

そして、人間革命と広宣流布は密接みっせつにかかわっているのです。

池田先生は語っていました。「『広宣流布していこう!』という心が、人間革命していく心になる。人間革命が「自転じてん」ならば、広宣流布は「公転こうてん」にあたる。自転と公転があって、宇宙の運動は成り立つ。公転がなければ宇宙の法則ほうそくはんします」と。

地球は「公転だけ」でも「自転だけ」でもないのです。

そして、さらに言えば、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換てんかんげ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」のです。

壮大なスケールです。人として信心できることは、深い深い意味があるように感じられます。

まさに「日蓮と同意」の信心で広宣流布を拡大してきた唯一の仏意仏勅ぶついぶっちょくの人々が世界に、たくさんいます。

自身が地涌の菩薩であると悟達ごだつされ、ただ一人、広宣流布に立ち上がられた日蓮大聖人。

「広宣流布の信心」とは、私たち一人ひとりが地涌の菩薩であるとの自覚で、自他ともの幸福を実現しようとする実践のなかにあります。

「御書根本」に、広布をはばむあらゆると戦い、打ちやぶっていく。

そして、大聖人のもとで戦い続けていく事で、必ず大聖人が賞賛しょうさんされることは間違いないのです。

「広宣流布」をしているのは、この地球では人間しかいない。

唯一の仏意仏勅ぶついぶっちょくが人間なのです。

人間がいかに、尊いか。

広宣流布に進む人間の軌道きどうは、ある意味で「ほう」です。

この法にのっとって進むことによって、自分の成仏、人間革命がある。

「公転」と「自転」の関係です。

自分中心は、自転だけあって、公転がないようなものです。

いいように見えて、宇宙の軌道きどうからはずれ、さびしき生命の孤児こじになってしまう。

自分中心でなく、法が中心でなければならない。

依法不依人えほうふえにん(=法にって人にらざれ)です。

【地涌の誉れ】
広布に生き抜く実践が成仏への直道

46. 誰にも負けない、勝つことだけ考える❣️カエルの子は、カエル。【教学】

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