【崇峻天皇御書】
「心の財」が第一
「絶対的幸福」の人生を目指せ
御書
蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財第一なり、此(こ)の御文を御覧あらんよりは 心の財をつませ給うべし
通解
蔵に蓄えた財宝よりも、身の財(技能や立場など)がすぐれている。
その身の財よりも、心の財が第一である。
この文を御覧になってから以後は、心の財を積んで行きなさい。
*主君の側近や同僚から中傷を受ける四条金吾に対して与えられた御消息である。
1277年9月11日の御述作(ごじゅつさく)。
別名「三種財宝御書」とも言います。
当時、金吾は命すら狙われる身であった。
日蓮大聖人は、金吾の短気な性格や行動に至るまで細やかに気にかけられてた。
厳しくも温かい指導で、愛弟子を導いて行かれたのです。
「蔵の財」は経済的な繁栄を指す。
「身の財」は、目には見えないが、自分の身に関する財産の事。
地位や才能、健康などである。
では、「心の財」とは何か。
本抄で大聖人が仰せになっているのは、窮地(きゅうち)の金吾が、主君や世間の疑念を晴らして行く為の「誠実な振る舞い」であり、その振る舞いを支える「信心」であると。
「蔵の財」は、自分の外にある。
いつ何時、事故や災害などで失ってしまうか分からない。
「身の財」は「蔵の財」より長く続くが、永遠のものでは無い。
また「蔵の財」や「身の財」だけ求める人生は、自分以上に「財」を持つ人を、常にうらやむものだ。
真の満足感は得られないだろう。
はかない「相対的な幸福」を追い求める生き方なのだ。
「絶対的幸福」を得る為にこそ、「心の財」が大事になるのである。
何が確実といって、『死』ほど確実なものは無い。
だから、ただちに、三世永遠にわたる『心の財』を積む事です。
その一番大事な事を『後回し』にし、『先送り』して生きている人が人類の大半なのです。
生死一大事というが、生死ほどの『一大事』は人生にない。
この一番の大事に比べれば、あとは全て小さな事です。
その事は『臨終』の時に実感するに違いない。
「心の財」を積んでこそ「蔵の財」も「身の財」も生かす事が出来る。
日々、信心に励み、あなたの生命に「絶対的幸福」を確立して欲しいです。
「心の財」が第一
「絶対的幸福」の人生を目指せ


