【御本尊の功力】
胸中の無限大の力を自らの祈りで引き出す
【御本尊】
誰もが平等に、永遠に崩れざる幸福を確立できるように、末法の御本仏・日蓮大聖人は御本尊を御図顕されました。
それでは、御本尊の意義、御本尊を拝していく信心の姿勢などを学んでいきましょう。
いかなる行き詰まりをも打開し、蘇生していく知恵と生命力。
信心する人にとってその原動力が御本尊への祈りです。
御本尊への強い信と唱題によって、私たちは胸中に秘められた無限の可能性を開き顕し、永遠に崩れざる幸福境涯を勝ち取っていくことができます。
限りなく、そして尽きることのない妙法の功徳をもたらす御本尊は、いわば‘‘永遠の幸福の源泉,,です。
ここからは、御本尊の深義(じんぎ)の一端を学んでいきます。
御本尊の功力(功徳力)について、日寛上人は「祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来たらざるなく、理として顕れざるなきなり」とおっしゃっています。
御本尊は無量の功徳の源泉です。
心の底からの真実の祈りであれば、叶わないものはありません。
大聖人は「大地はささばはづるるとも虚空(おおぞら)をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」
【通解】
たとえ、大地をさして外れることがあっても、大空をつなぎ合わせるものがあっても、潮の満ち干がなくなることがあっても、太陽が西から昇るようなことがあっても、法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にないのである、と仰せです。
広宣流布の実践をする人の祈りは、必ず叶うと御本仏が断言されているのです。
さらに、日寛上人は「罪として滅せざるなく」すなわち、どんな「罪」も妙法の力で、すべて消滅すると言われています。
最も根本の罪である謗法の罪ですらも、妙法への信によって消していけるからです。
また、「福として来たらざるなく」いかなる福徳、幸いも集まってくる。
妙法は、あらゆる教えで説かれる、あらゆる幸いの源泉だからです。
そして、「理として顕れざるなき」いかなる道理も厳然と自分の人生と生活のうえに顕れてくる。
妙法はあらゆる道理の根本だからです。
要するに、御本尊根本の信心の実践によって、人生のどんな不幸、悩みにも左右されることなく、正義と福徳に満ちた偉大な境涯を、この一生のうちに開いていける、ということです。
御本尊は日蓮大聖人の生命そのものです。
順番に説明しましょう。
まず、末法における凡夫成仏の道を開かれたのが日蓮大聖人です。
すなわち、凡夫(普通の人間)の身のままで胸中に仏の生命を開き、万人が絶対的な幸福の境涯を築けることを、御自身の姿を通して証明したのが大聖人です。
大聖人は、民衆救済のために、何があろうと正法流布に生き抜かれました。
そして、正しい教えを弘めたがゆえに、大難が次から次に押し寄せてきました。
その大難と戦い続ける不惜身命の実践を通して、大聖人は、御自身の身に妙法と一体の仏の生命を現されました。
妙法にもとづく限りない智慧と慈悲と生命力を体現されたということです。
そして、すべての人が同じように、その仏の境涯を開いていけるよう、大聖人は、妙法と一体の仏界の生命を、御本尊として顕されてたのです。
大聖人が御本尊を顕されたのは、どこまでも、凡夫の成仏、万人の成仏のためだということです。
大聖人は「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ。
日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」と仰せです。
日蓮大聖人の魂、すなわち不惜身命の実践で成就された妙法と一体の仏界の御生命を、南無妙法蓮華経に凝縮(ぎょうしゅく)して御図顕された御本尊です。
そういう意味で、まさしく御本尊は御本仏・日蓮大聖人の御生命そのものです。
そして、この南無妙法蓮華経の生命は、私たちの生命にもあるのです。
御本尊への深い信によって、それが現れるのです。
私たち自身の生命に内在する妙法の力を引き出していくために大聖人は御本尊を顕された、ということです。
御本尊には、自分の生命の中にある無限の可能性を引き出す偉大な力があるのです。
そのためには「信」が大切です。
本尊とは「根本として尊敬する」という意味です。
大聖人の南無妙法蓮華経の御本尊こそ、末法の民衆が根本として尊敬すべき御本尊にほかならないのです。
勤行・唱題は、自分自身と大宇宙とが交流しゆく儀式なのです。
御本尊を根本として、自分という「小宇宙」のなかに「大宇宙」の生命力を、生き生きと汲み上げる作業が勤行です。
それを毎日、繰り返していけば、生命力のエンジンが強くなってくる。
仏法は、物心のあらゆる法の根本にある「生命の大法」を探求し、発見したのです。
それが「妙法」です。妙法は、目には見えない。しかし厳然と実在する。
この妙法の力を引き出せるよう、日蓮大聖人が御本尊を御図顕してくださったのです。
御本尊に勤行・唱題することによって、小宇宙のわが身が、見事に大宇宙と調和していくのです。
「宇宙」も、その本体は南無妙法蓮華経です。
「わが生命」も南無妙法蓮華経の顕れです。
そして「御本尊」も南無妙法蓮華経の御当体です。
三者とも南無妙法蓮華経であり、本来、一体なのです。
ゆえに南無妙法蓮華経と唱えゆく時、御本尊を中心にして、わが生命と宇宙が、きちっとギアをかみ合わせ、幸福の方向へ、幸福の方向へと回転を始めるのです。
【御本尊の功力】
胸中の無限大の力を自らの祈りで引き出す


