【御義口伝】
【今いる場所で戦う】
宿命から逃げない人が勝つ
御書
法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり 此を去って彼に行くには非ざるなり、道場とは十界の衆生の住処を云うなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり此れを道場と云うなり
通解
法華経を受持し修行する、その場所を「当詣道場」というのである。すなわち、この娑婆世界を去って、極楽浄土の他土に行くのではない。
道場とは十界の衆生の住処をいうのである。いま、日蓮及び門下として南無妙法蓮華経と唱える者の住処は、それが山であり、谷であり、広野であっても、いずこであれ、すべて寂光土、すなわち仏国土である。これを道場というのである。
法華経普賢菩薩観発品第28の「当に道場に詣(いた)りて」という一節についての御義口伝です。
「道場とは十界の衆生の住処を云うなり」と仰せの通り、私たちが今いる場所こそ、仏道修行の道場であるとの精神を教えておられる。
人間革命のための修行の場所。
それは、どこか離れた場所ではない。
今、自分がいる、まさにその場所である。
宿命にぶつかった時、勝つ根本は、「ここで変わる!」と、まず腹を決めることだ。
自身の生命を変革する挑戦をせず、職場や住まいなどの環境だけを変えても、問題は根本的には解決しない。
同様の悩みが、かたちを変えてついてまわる場合が多い。
環境から逃げても、自分の宿命からは逃げられないからだ。
「此を去って彼に行くには非ざるなり」今回の御書の一言を噛みしめたい。
日蓮大聖人は「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」と教えを引かれている。
題目を唱え抜いて心の根底(=心地)は仏界(=九識)に置き、苦悩に満ちた現実(=六識)に打って出て修行するのである。
その行動のすべてが、成仏への道となるのです。
大聖人の仏法の真髄は、今いるこの場所で、必ず幸福になる信心です。
現実を離れて、遠い理想郷を求めるのではないのです。
この世界で妙法を広宣流布して、立正安国を進める。
そしてわが国土を、光り輝く寂光土としていくのです。
そのためにも、まず自身に勝つ
【今いる場所で戦う】
宿命から逃げない人が勝つ


