【教学と法華経】6.あらゆる人を救う、それが釈尊の願い❣️万人の成仏を願う。

教学と法華経

【法華経のあらすじ】
皆が成仏できる!
だから現実に皆を仏に‥‥
その1

【釈尊と法華経】

法華経が「万人の成仏」を説き明かした根本の経典であることを、前回でご説明しました。

それでは、法華経には、どういう内容が説かれているのでしょうか。

まず、法華経は、二十八品から成り立っています。

例えば、方便品第二とある「品」とは、現代でいえば「章」のことです。

法華経は二十八章から構成されています。

それでは、法華経のあらすじを見ていきましょう。

まず、序品第一では一万二千人の声聞たち、八万人の菩薩たちをはじめ、何十万人ともされる数多くの人々がインドの霊鷲山に集います。そして、天から花が降り、大地がゆれ、釈尊の眉間から光が放たれます。

もちろん、実際の山に、それだけの人数が集まって、釈尊から説法を聞くために、何年も暮らすようなことは不可能です。だからといって法華経は、人間の現実を離れた架空の話でもありません。

ある時T先生はこうおっしゃいます。

「その何十万と集まったのは釈尊己心の声聞であり、釈尊己心の菩薩なのです」と語っています。

「己心」とは「自己の心」です。

法華経は、仏自身の心の中の悟りの世界を、ドラマ仕立てで表現しているのです。

その意味では、法華経の経文に説かれている話が、すべて、生命の深い真理を表しているともいえます。

そして、いよいよ方便品第二の冒頭から釈尊が法を説き始めます。法華経前半の教えの中心となる品です。

この方便品では、あらゆる仏が教えを説く根本目的は、万人を「成仏」させることにあると明かされます。

理論的には、「あらゆる人は皆、仏である」という考えは、「諸法実相」の教えの中に込められています。

この諸法実相については後で学びましょう。

法華経以外のあらゆる経典では、声聞、縁覚、菩薩それぞれのための教えが説かれていますが、これら種々の教えを説くことが仏の本意なのではなく、万人を成仏に向かわせる、ただ一つの教え「一乗」を説くことこそが仏の真意であると明かします。

「一乗」とは「ただ一つの乗り物」の意味で、この「乗り物」は、「教え」の譬えです。具体的には、法華経こそが成仏への唯一の教え「一乗(一仏乗)」です。

そして、この一乗の教えを説くことで、あらゆる人を救う理論的基盤が完成します。

これまでの仏教の教えの本質は、この一乗の教えを説くためであると示すことは、人記品第九まで続きます。

舎利弗らの声聞たちをはじめとして、霊鷲山に集った釈尊の弟子たち全員が未来に間違いなく成仏することを釈尊が明言していきます。

その釈尊の教え方は実に巧みです。

まずは、真理そのものを説いて、その教えを舎利弗が理解しました。

次に、それが分からない人々には、譬喩(=譬え)を用いて説明します。

さらに、最後は、釈尊との絆は今世だけでなく、過去世からの深い結び付きがあった(=因縁)ことを明かしています。

このように、法華経以外の経典では否定されていた「声聞・縁覚(二乗)の成仏」が法華経前半の大きな柱です。

二乗の成仏の話の後から法華経の本当の主題が始まります。

それは、これから先の全民衆をどう救うか、ということです。法師品第十では、釈尊は菩薩たちに、仏の滅後の弘通を勧めます。釈尊亡き後、釈尊在世の時代よりも、ますます法華経を弘める人への非難・中傷が激しくなっていくのですが、それに耐えて、万人に成仏の道を開く法華経を弘めていくよう促しているのです。

宝塔品第十一では、さまざまな宝で飾られた巨大な塔が大地から現れ、場面が大きく変わります。

その宝塔の高さは地球の直径の三分の一から二分の一にもなるほどです。

これだけでも驚きですが、さらに「善いことである。善いことである」との大音声が聞こえます。釈尊の説いたことが真実であることを証明する塔の中からの声でした。

この声の主が多宝如来です。


ブログ制限文字数の関係上、続きは次回となりました。
ご視聴ありがとうございました。
次回も宜しくお願い致します。

【法華経のあらすじ】
皆が成仏できる!
だから現実に皆を仏に‥‥
その1

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