(御書をゆっくり、わかりやすく)七. 「心の師」とは❓揺るがない心、強い決意。御書【義浄房御書】

御書

​【義浄房御書】

「心の師」となる
粉動されない自己をつくれ

御書
相構(あいかま)へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからず仏は記(しる)し給(たま)ひしなり

通解
よくよく心して、わが心に対する師とはなっても、自分の心を師としてはならない、と釈尊は(六波羅蜜に)記されている。

文永10年(1273年)528日、日蓮大聖人が52歳の時、佐渡の一谷で認められ、安房国(現在の千葉県)の清澄寺の義浄房に与えられました。

義浄房は、浄顕房と共に、大聖人の修行時代の兄弟子である。


本抄は、義浄房からの、法門についての質問に対する御返事です。

結びには、不惜身命の決意で仏道修行に邁進するよう、綴られています。

自分の弱い心に負けてしまうか。

それとも、その弱さに打ち勝って、信念の道を歩み通すか。

人生は、この一点で大きく変わってくる。

自分のわがままな心や、臆病な心に従って、一喜一憂するのが「心を師とする」生き方である。

人の心ほど、移ろいやすいものはない。

大聖人は「人の心は時に随(したが)って移り物の性(しょう)は境(きょう)に依(よ)って改(あらた)まる」と仰せです。

ゆえに「心を師とする」生き方では、人生に勝利する事は出来ない。

自らが自身の「心の師」となり、何事にも粉動されない自分自身をつくらなければならない。

その為に不可欠なのが、正しい信心を教えてくれる「師匠」の存在である。


日蓮大聖人が末法時代の「師匠」にあたります。

様々な闘争の中で、いかなる苦難にも動じない、確固たる自己を築いて行く事が出来る様にと、お題目を残して下さいました。

「心の師」となる
粉動されない自己をつくれ

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