【法華経の身読】
民衆救済へ経文通りの大難を乗り越える
【末法の法華経の実践】
釈尊滅後の人々のための経典、それが法華経です。
そして、末法における万人成仏の道を確立させたのが日蓮大聖人であります。
民衆救済という仏の大願、すなわち「広宣流布」を推進しているの日蓮大聖人です。
ここから「末法の法華経の実践」について学びます。
ここまでに、「法華経の法理」について学んできました。
特に、法華経の中心となるテーマが悪世の時代の人々を救うことにあると聞いて、私たちと深い関係のある経典であることを知りました。
末法の人々のために残された経典、それが法華経です。
法華経には、釈尊の亡くなった後、特に末法にあって、法華経を弘めていくことが困難極まりないことであると説かれています。
まず、法師品第十には、こうあります。
「法華経を説くことは、釈尊がいる時代ですら、非難・中傷が多い。まして仏の滅後は、なおさらである」。
正法を説き弘める人には、必ず非難や中傷があることを述べている経文です。
一般にも、正論の人は、それを理解できない人々から反発されてます。
船が進めば波が立ち、飛行機が飛べば風の抵抗を受けるようなものです。
法師品では、そうした非難を「怨嫉」(おんしつ)と説いています。「うらみ」や「ねたみ」のことです。
現代的に言えば、嫉妬です。
正しいことを言えば必ず妬まれるのは道理です。
また、宝塔品第十一では、仏滅後の悪世に法華経を説くことが難事中の難事であることを強調しています。
具体的には、乾いた草を背負って火の中に入っても焼けないなど、到底できそうにない九つの事柄を挙げて、それは、仏の滅後に法華経を読み、持ち、弘めるなどの六つの事柄に比べれば、まだ簡単だというのです(六難九易)。
更に、勧持品第十三には三類の強敵(俗衆増上慢、道門増上慢、僭聖増上慢)が説かれ、法華経を弘める人を迫害する姿が示されています。
いわば、末法に正法を説き弘める、その至難さをあらかじめ予告しているのが、法華経です。
’’万人を仏に,,その法華経の心を実現するために、自他の生命に具わる仏界への信を呼び覚ましていかれたのが、日蓮大聖人です。
末法に法華経を掲げて実践された日蓮大聖人を、末法の「法華経の行者」といいます。
「行者」とは、「実践者」の意味です。
そして、法華経の心を我が心として、民衆救済へ行動し続けたので、経文にあらかじめ予告されている通りの難が競い起こったのです。
先ほど挙げられたほかにもあります。法華経には、末法の法華経の行者が「刀杖瓦石」(とうじょうがしゃく)<=刀や杖で打たれ、土塊や石を投げつけられる>、「悪口罵詈」(あっくめり)<=悪口を言われ、罵られる>、「数数見擯出」(さくさくけんひんずい)<=権力によって何度も追放される>などの難を受けると説かれています。
その通り、大聖人は生涯のなかで、数々の大難にあわれました。
具体的には、念仏者たちが大聖人を亡き者にしようと松葉ヶ谷の草庵を襲撃(松葉ヶ谷の法難)。
伊豆の伊東に流罪(伊豆流罪)。
また、安房国東条郷で地頭・東条景信の軍勢に襲撃され、額に傷を負い、左の手を折られます(小松原の法難)。
竜の口の刑場で斬首刑(竜の口の法難)、そして、佐渡への流罪(佐渡流罪)です。
大聖人は「開目抄」で、御自身が受けられた大難を挙げながら、「ただ日蓮一人がこれらを読んだのである」と仰せです。
その「大難」は、法華経に説かれた通りの迫害を指すことは言うまでもありません。
つまり、この御文の意味は、大聖人が法華経を身をもって読まれた、ということです。
’’身をもって読む,,ことを「身読」ともいいます。
大聖人のあわれた難は、まさに、これら法華経の文と一致します。
釈尊滅後、法華経を持ち、実践した人は、大聖人以外にもいました。
しかし、命に及ぶ迫害を悪世末法において、これほど何度も経験した人は大聖人以外にいません。
自他の仏性がますます信じがたくなる末法にあって、妙法流布に先駆すれば、大難が起きることは必然だからです。
そのうえで、大聖人が大難を受けられたことの意義は、’’法華経を身で読まれた,,ということだけにとどまりません。
このことは次に、学びましょう。
大聖人が迫害を受けられたのは、法華経こそが末法の人々を救う法であると強く主張したからです。
世間の科があるわけではなかった。
命をかけて、強く正義を主張したので、他の宗教者たちは震憾し、旧来の宗教的習慣に慣れた人々は不快感を抱いたのです。
それが瞋恚、怨嫉として噴出しました。
大聖人は御自身の難を「法華経の故」であると言われている。
命を捨てて法華経を弘めたが故に受けられた難であるということです。
大聖人が大難を受けられたのは、法華経が難信難解(なんしんなんげ)<=信じがたく、理解しがたいこと>だからであるという「法」の次元の理由も、当然あります。
それに加えて、仏の滅後、特に末法という悪世において法華経を弘めるから、さらに、大きな難が起こるのです。
つまり、「時」の問題があるのです。
末法は、「闘諍堅固・白法隠没」(とうじょうけんご・びゃくほうおんもつ)<=釈尊滅後、第五の五百年に、仏法のなかで争いが盛んになり、正しい法が見失われてしまう、と大集経に説かれていること>といって、仏法のなかで方便として説かれた部分的な教えが宗派に分かれて互いに争うようになり、成仏という最も高い価値を説く法華経が正法であることが分からなくなる時代です。
その(=釈尊の)滅後の大難を、法華経では「三類の強敵」として説いているのです。
大聖人は、この魔性との激闘を覚悟で、末法の法華弘通の戦いを起こされました。
激闘を貫けば貫くほど、魔性は競い起こってきます。
そして、ついに法華経に説かれる通り、三類の強敵のすべてを呼び起こし、その大難に耐え抜いていかれたのです。
命に変えて、守り通した教えは、現代に残る日蓮仏法なのです。
【法華経の身読】
民衆救済へ経文通りの大難を乗り越える


