(ゆっくり教学)53.悩みを取り除く、慈悲の心❣️友の悩みを慈悲の心で癒せる。【教学】

教学

【民衆救済】
悪を責め続けてこそ最高の善

[悪と戦う]

日蓮大聖人の仏法の根本目的は、「万人の幸福の実現」です。そのための広宣流布の戦いは、民衆の幸福への道を閉ざす「悪」とのえ間ない闘争です。ここでは、仏法上の悪と戦う意味、悪の本質や構図こうずなどについて学びます。

人々の幸福の実現へ行動していくのが、日蓮大聖人の仏法の教えです。

そして、この仏法の特徴とくちょうは、友の悩み、苦しみを取りのぞく慈悲の心にあるのです。

大聖人は仰せです。

「一切衆生のくるはことごとれ日蓮一人の苦なるべし」

ありとあらゆる人々のさまざまな「苦しみ」は、一つとして、日蓮大聖人の「苦しみ」でないものはない、という意味です。

この御文には、全民衆の幸福を願う御本仏の大慈悲が込められています。

そして、この「民衆の幸福」「民衆救済」こそ、日蓮大聖人の根本精神です。

そして、慈悲を生き方の根本とするために、具体的にどんな行動が必要となるのか、ここから勉強して行きたいと思います。

慈悲の行動は、「抜苦与楽ばっくよらく」です。

苦を取りのぞき、楽をあたえることです。したがって、仏は、民衆の幸福実現をはばもうとする一切の悪と、戦っていくのです。

これまで何度も学んできたように、仏法の実践にあって大事なことは、仏のとの戦いです。

仏の軍勢ぐんぜいの勢力が強まれば、それだけ多くの人々を幸せにしていけます。

反対に、悪に負けてしまっては、善を拡大かくだいすることはできません。

万人の幸福の実現のために、それをはばむ悪と戦いながら、その幸福を実現するための「根本の善」を弘めていくのが仏の実践です。

つまり、人間社会の繁栄はんえい衰退すいたいも、結局、一人ひとりの生命観で左右されるから、その生命観を変えていくことがカギになるのです。

立正安国論りっしょうあんこくろん」に大聖人は仰せです。

悪侶あくりよいましめずんば豈善事あにぜんじさんや」

また「かず万祈ばんきしゅうせんよりは一凶いっきょうきんぜんには」

‘’悪僧あくそういましめなければ、どうしてぜんすことができようか,,

’’社会の一凶いっきょうである念仏をきんずることが、為政者いせいしゃの最優先課題である,,という意味です。

鎌倉時代、知識階層ちしきかいそうとして、権力者にも、当然、社会にも大きな影響力をもっていたのが、宗教者です。ところが実際には、そうした宗教者が権力者と癒着ゆちゃくして、自分たちの安泰あんたいだけをはかり、民衆が幸福になる道を閉ざしていたのです。

そうした宗教者は、民衆にとっての敵であり、社会の不幸の根本原因だということです。

だからこそ、大聖人は生涯、民衆を不幸へと追いやる悪僧や、「人間を軽賤きょうせんする者」たちと戦い続けられました。

悪をめることがぜん、そして、民衆の幸福を願うならば悪の根を断ち切らなくてはならない。


それが、大聖人の一貫いっかんした実践です。この「破邪顕正はじゃけんせい」<=邪説じゃせつやぶり、正しい道理をあらわすこと>こそ、民衆救済の「大慈悲」と表裏一体ひょうりいったいの日蓮仏法の根本精神です。

確かに、大聖人は、民衆を苦しめる魔性の宗教者を、め続けられていました。

日蓮大聖人は、御生涯をつうじて、「人間生命にひそ根源こんげんの悪」「生命に内在ないざいする魔性」「一切の元品がんぽんの無明」と戦い続けられました。

「今にいたるまでいくさやむことなし」とも仰せです。

民衆を苦しめる「悪」は結局、だれの生命にもある「悪」の現れです。

そして、その悪を打ちやぶっていくものは、人々の生命と生命観を変革していくための「対話」です。

日蓮大聖人の御精神を受け継ぎ、どこまでも「対話」によって民衆の幸福の実現を目指しているのが。世界各国で、日蓮大聖人の仏法を弘めている人達に他なりません。

悪と戦う「破折精神はしゃくせいしん」こそ、仏法の真髄しんずいである。日蓮精神である。

日蓮大聖人は、「立正安国論」の中で、国家の災難、国民の不幸の原因がどこにあるのか、明快めいかいべておられる。すなわち、大聖人は、「今の世は、皆が正法にそむき、人々がことごとく、悪法に帰依きえしているゆえである」と喝破かつぱされたのです。

そして、「このことは、声を大にして言わなければならない」と、時の最高権力者を真っ向から破折はしゃくしていかれた。

善良ぜんりょうな民衆をおとしいれる、悪辣あくらつなデマの策謀さくぼうは、断じて許さない!

この雷鳴らいめいのごとき怒りをもって、悪をあばき、追いつめ、打ちくだいてこそ本物なのです。

牧口先生は言われています。

悪人の傍若無人ぼうじゃくぶじんの振る舞いに、善人ぜんにんが大変な迫害を受けつつあるのを、羊ののような小さな善人が、何もしないで、ただ傍観ぼうかんしていることは、国家の将来の恐るべき禍根かこんである。言うべきときに何も言えない、羊の群れになるな。小さな善人になるな。そういう人間がいれば、国家の将来はあやうい。

牧口先生が警鐘けいしょうらしたごとく、軍国主義に支配された当時の日本は、まっしぐらに、破滅の道をたどった。それは、厳然げんぜんたる歴史の事実です。

【民衆救済】
悪を責め続けてこそ最高の善

(ゆっくり教学)54.人間への尊敬こそが、幸せにつながる❣️正法を学ぶことで、幸福になれる。【教学】

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