【開目抄】
【一人立つ精神】
捨て身の闘争で道を切り開け
御書
詮ずるところ天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん
通解
つまるところは、諸天善神も私を見捨てるがよい。いかなる難にも遭おう。身命をなげうつ覚悟である。
末法の御本仏・日蓮大聖人の戦う魂が脈打つ一節である。
文永9年(1272年)2月、本抄御執筆の当時、大聖人は極寒の佐渡に流されていた。
師匠が次から次へと大難に遭う姿を見た門下のなかには、信心に疑いを抱いて退転する者が続出していた。しかし、大聖人は身命をなげうって民衆救済の戦いを貫く大願を宣言される。
捨て身の覚悟なくして、歴史を動かすことはなどできない。広宣流布のドラマは、常に「一人立つ」勇者から始まる。
本抄の白眉とも言うべきこの一節には、御本仏としての崇高な覚悟が示されている。「諸天善神が私を見捨てるのであれば、見捨てるがよい」「多くの難に遭わなければならないのであれば、あっても構わない」「わが身命をなげうって戦うのみである」と。
たとえ諸天善神の加護がなくとも、私は戦う! 断じて勝つ! この決定した一念で戦う人を諸天は護るのです。
師匠と共に大願に立ち、師子奮迅の捨て身の闘争で、広布の新時代を勝ち開きたいものですね。
【一人立つ精神】
捨て身の闘争で道を切り開け


