【食物三徳御書】
【自他共の幸福】
「利他の炎」は自身も照らす
御書
人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬へば人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし
通解
人に物を施せば(それがかえって)わが身を助けることになる。たとえば、人のために灯をともせば、(その人の前が明るくなるのと同時に)自分の前も明るくなるようなものである。
御述作の年月や経緯は不明ですが、「食」に具わる徳や、紙について述べられていることから、門下が日蓮大聖人に食べ物や紙などを御供養した際の、御礼の御手紙であると考えられます。
人のために尽くした献身の行動は、自分自身の善業となる。
なかんずく、人々を妙法へ導く功徳は限りなく大きい。
逆に人を苦しめた場合には自身の悪業となり、いつか必ず、その報いを受ける。
大聖人の後遺命に反し、破和合僧の暴挙に出た僧たちは、まさに「還著於本人」の自滅の現証に苦しんでいる。「還著於本人」通解・還って本人に著きなん
その有り様は、醜い嫉妬に狂った人間が、人の家に火を付けようとして、わが身に火が付いてしまい、火ダルマになっているようなものです。
次のような話があります。
地獄では、皆が食事を前に食べられないで苦しんでいる。
箸が自分の手よりも長く、口に食べものを入れられないのです。
一方、仏がいる場所でも、同じく箸は手よりも長い。
しかし皆が満足して食べていた。
なぜか。お互いに相手の口に入れてあげていたのである。
人のために尽くした分、自分の生命に福運が積まれる。
この菩薩行の原理について、「利他だけを言うと、傲慢になる。人を救ってあげているという偽善になる。自分のためにもなっていることを自覚してはじめて、修業させてもらっているという謙虚さが出る。自他不二です。ゆえに菩薩道しかないのです」と。
大聖人は妙法の功徳について、「百千万年の間、暗かった所にも、燈を入れれば明るくなる」ように、どんな人も即身成仏できると断言された。
これからも「利他の炎」を明々と燃やし、自他共の成仏のために勇んで行きたいですね。
【自他共の幸福】
「利他の炎」は自身も照らす


