【教学と法華経】5. 一切の衆生を自分と同じ仏にする❣️釈尊の誓願はそこなのです。

教学と法華経

【法華経】
「万人の成仏」を説き明かした根本の経典

【釈尊と法華経】

釈尊の生涯を学んで、釈尊の願いが万人の幸福の実現にあった、ということが、よく分かります。

その釈尊の教えの結晶ともいうべき経典が法華経です。

一切衆生(=一切の生きとし生けるもの)、すなわち万人の成仏を実現することが釈尊の誓願でした。

では誓願は法華経で、具体的にどのように説かれているのでしょうか。

経文には「如我等無異」(にょがとうむい)と説かれています。

すなわち、「我が如(ごと)く等しくして異(こと)なること無からしめん(=一切の衆生を自分と同じ仏にして異なることがないようにしたい)」という意味です。

そして、その誓願は、法華経を説くことによって成就したと釈尊が宣言しているのです。

すべての人を自分と同じ境地に至らせたということです。

「だれもが成仏できる」からこそ、釈尊は、そう願い続け、仏法を弘め続けてきた、ということです。

釈尊だけではありません。

法華経では、本来、あらゆる仏もまた同じ目的で法を説くことが説き明かされています。

「あらゆる仏は、衆生に仏の智慧(=仏知見)を開かせ、清浄なる境涯を得させたいと思うが故に、この世に出現して来られた」

ここに、万人の成仏を説く仏教の考え方が明快に示されています。すなわち、一切衆生の生命の中に、本来、仏の智慧が具わっていると説くことが仏教本来の教えです。

「だれもが成仏できる」言い換えれば、だれにも仏になる可能性(=仏性)が具わっているということです。

仏の生命すなわち仏界が具わっているから、それを開き顕すことで、だれもが人生のどんな悩みも苦しみも乗り越えていける。

その原理を明かしたのが仏教の特徴です。

その仏教の特徴をあますことなく示した経典が、法華経だということです。

仏法は、真実の幸福を万人が実現していくためにあります。今、見てきたように法華経は、その仏法の目的と精神を「万人の成仏」として明かした経典なのです。

これに比べて他の経典は万人の成仏の説き方が不十分ですから、法華経こそ、釈尊がこの世に出現した根本の目的(=出世の本懐)となるのです。

そして法華経の真価は、この「皆が仏である」という真理,,を明かしただけではありません。

もう一点、大切なことは、法華経には、「皆を仏に」という実践,,が説き明かされているのです。

万人の成仏を願うのなら、釈尊以降の人々をも成仏させるものでなくてはなりません。

まず、法華経が説かれたことで、釈尊在世の人々に対しては成仏の道が開かれました。しかし、仏滅後の悪世末法の人々を救いきることは、はるかに難しいのです。

結論を先に言えば、法華経は、そうした釈尊滅後の人々の救済のために説かれた経典です。

くわしくは、これから先、学んでいきますが、法華経の構成と法理を見ても、釈尊在世の人々の成仏よりも、滅後にどうやって法華経を弘め、民衆を救っていくかが最重要のテーマとなっているのです。

そして、法華経で、釈尊から「万人成仏」の使命を託されるのが、地涌の菩薩です。

日蓮大聖人と大聖人に連なる私たちのことです。

末法に出現された御本仏・日蓮大聖人は、地涌の菩薩のリーダーとのお立場を示しながら、法華経に秘められた法、すなわち御自身の生命そのものでもある南無妙法蓮華経を御本尊として顕し、末法の全人類に成仏への道を開かれました。

「内なる真理」に目覚めれば、だれもが幸福境涯を開けることを明かし、そして未来永遠にわたって、そのための実践を呼びかける経典、それが法華経なのです。

古来、法華経は「諸経の王」と呼ばれてきた。それは何よりも、万人の胸中に光明を贈る「大いなる希望の経典」だからです。

法華経は、万人の生命に具わる仏性を徹底的に洞察している。そして、その仏性を万人に開いて、万人の成仏を実現していくことを願う仏意と如来行が明示された経典である。

さらにまた、この如来行を受け継ぐことこそが菩薩の真の使命であることを強調し、その実践を讃嘆してやみません。

仏性とは、全ての生命に具わる、普遍的にして根源的なる「希望の源泉」である。この仏性を開けば、全人類が最高の人格を成就し、無上の幸福を勝ち取ることができる。

このことを力強く確言する経典が、法華経なのである。

【法華経】
「万人の成仏」を説き明かした根本の経典

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