(御書をゆっくり、わかりやすく)二十.大事な命を、どう使っていくか❣️目的をたてて生きる。【佐渡御書)御書

御書

【佐渡御書】

人生の目的】
広布に生き抜く宝の日々を

御書
世間の浅き事には身命を失へども 大事の仏法なんどには捨る事難し 故に仏になる人もなかるべし

通解
世間の浅いことろには、命を失うことはあっても、大事な仏法のために命を捨てることは難しい。それゆえ、仏になる人もいないのである。

日蓮大聖人が、厳寒の流罪地・佐渡の塚原から、門下一同に与えられた御手紙です。

文永9年1272年20日、51歳の時の御執筆です。

この前月に著された「開目抄」の内容を簡潔にまとめられた御書であるともされています。

何ものも恐れない「不惜身命」の信心、勇気ある実践こそ、信仰の真髄であるとことを教えられた重書です。

人生、いかに生きるべきか

人生、何に命を懸けるべきか。

大聖人は一貫して、法を惜しんで身を惜しまぬ信心、すなわち「不惜身命」の信心を強調されていたのです。

この一節の前には、「身命にまさるほど惜しいものはないので、この身を布施として仏法を学べば、必ず仏になるのである」と仰せです。

もちろん、不惜身命といっても、命を粗末にすることではない。

限られた人生の時間を、自分の小さな満足のためでなく、仏法のため、広宣流布のために使うことである。

同じ一生である。どうせ悩むのであれば、広宣流布という大目的のために悩みたい。

眼前の楽しみや欲得に心を奪われ、浅い生き方をしてしまえば、ふりかえった時に、ちっぽけな、後悔の人生となってしまうにちがいない。

大いなる理想に燃えて、自他共の幸福を目指す以上の幸福はない。

それこそが最高の人生であります。

一個の人間として、また、一人の信仰者として、どう生き抜くのか。

最極の法に生き抜き、不惜身命で戦い抜く信心のなかにこそ、生命が鍛えられ、金剛不滅の成仏の境涯を確立できるのです。

今世の命には限りがある。
しかし、その命を「師弟不二」の信心で永遠の妙法に捧げ抜けば、三世永遠に成仏の境涯を確立できるのです。

人生の目的】
広布に生き抜く宝の日々を

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