(法華経と共に)[18]すなおが一番、自然に幸せになる❣️法華経【第七章】1 化城喩品

法華経

化城喩品(けじょうゆほん)その1法華経【第七章】

【因縁】永遠なる「師弟の絆」「人間の絆」

法華経と共に

ある壮年が、しみじみ言っておられました。

「今の世の中、情けないことばかりだ。政治家たちは責任をなすりあい、自分の地位を守るのに汲々としている。嫉妬と無責任、無感動、無慈悲が、大手を振って歩いている。そんな日本にいて、本当に情熱をもって理想に生きている人は、何人いるのだろうか」と。

多くの民衆の思いを代弁していますね。

百五十年前(1846年)、「現代は情熱のない時代だ」と、キェルケゴール(十九世紀のデンマークの哲学者)は言いました

「現代は本質的に分別の時代 反省の時代 情熱のない時代であり、束の間の感激にぱっと燃えあがっても、やがて小賢しく無感動の状態におさまってしまう」と。(著書=現代の批判)

キェルケゴールの思想が国外で注目されだしたのは、彼の死後(1855年)、半世紀以上たってからです。

多くの思想家が、これを現代への予言書として推賞した。ヤスパースも「あたかも昨日書かれたかのようなおもむきである」と感嘆したという。

なぜキェルケゴールは、これほどまで深く、「現代」を洞察しえたのか。

それは、一つには、彼が自分の寿命が短いことを自覚し、その短い生涯のうちに、なすべきことをなそうと戦ったからです。

権威の聖職者やマスコミの中傷にも、ペンの力で立ち向かいました。

そのさなかに、四十二歳で亡くなっています。

彼は自分で、三十四歳まで生きられないと信じていた。

母を亡くし、七人きょうだいの五人と死別。

長く生きた二人の姉でさえ三十三歳で亡くなっている。

その姉以上には、生きられないにちがいない、と。

彼が満三十四歳になった時の日記には、「奇跡だ、まったく合点がゆかない」と記している。

そして、三十代を中心にした十年余のうちに、およそ四十冊の著書と、二十巻におよぶ遺稿を書き残した。

「現代の批判」はその一冊です

この中で彼は、現代の「水平化」を食いとめるには、個人個人が「不動の宗教性を獲得するしかない」と結論した。

その哲学は、自分自身の使命を知られねばならない。

そのために生き、そのために死のうと思える理想を発見することが必要なのだ、との一点に貫かれていた。

そうした「理想」「使命」に目覚めさせるのが、二十一世紀の宗教です。

法華経が現代に贈る「智慧」です。

自分は何のために、この世に生まれたのが。

何をこの世でなすべきか。

それを衆生に気づかせるために、仏は出現したのです。

方便品(第二章)から始まって、まず仏は「法理」を説きました。

舎利弗は分かった。次に「譬喩」を説きました。四人の声聞は悟った。さらに多くの衆生を目覚めさせなければならない。

そのためには仏は何を説いたのか。

その智慧の発光のドラマが、化城喩品です。

化城喩品(けじょうゆほん)その1法華経【第七章】

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