【四条金吾殿御返事】
【心こそ大切】
「信心」の深さが人生を決める
御書
ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならば ぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし
通解
ただ心こそ大切である。どれほど日蓮があなたの事を祈っても、あなた自身にこの仏法への不信があれば、濡れている火口(火を移し取る材料)に火をつけようとするようなものである(結局無駄になる)。自分自身を励まして、強盛に信力を出していきなさい。
四条金吾は、長年の苦闘を経て主君の信頼を回復。
領地も3倍に加増された。
しかし何者かに襲われる事件が起こった。
危うく難を切り抜けられたものの、いまだ命を狙われている金吾に対して、日蓮大聖人が送られた後消息(ごしょうそく)である。
この一節に続けて
強敵に遭いながら命を永らえたのは、全く御本尊の不思議な功力と思いなさい。と仰せです。
「信」の深さが人生の深さを決める。
御本尊の仏力・法力も、自身の信力・行力によって顕れる。
また、私達は、「心こそ大切」の一節から、「師弟不ニの信心」の重要性を学びましょう。
別の日には、大聖人は、訳あって夫の阿仏房だけを大聖人のもとに送り出した。
高齢の千日尼に対して、「お顔を見たからといって、何になるでしょう。心こそ大切なのです」と仰せです。
千日尼の姿こそ見えないが、心は大聖人のもとに来ているのと同じであると、その志を讃え、温かく励まされています。
大聖人にお会いしたかどうか、直接、指導をうかがったかどうか、そのような形式で「信心」は決まらない。
以前、大聖人の側近でもあった五老僧も出て行ったが。
むしろ、千日尼のような清らかで強盛な信心を貫いた門下のほうが、たとえ師と遠く離れていたとしても、「心」はどれほど師に近かったか。
心は、なかんずく信心の「一念」は、悠々と距離を超え、時間をも超えるのであると仰せです。
師がいくら祈っても、弟子が師に心を合わせなければ意味がない—この根本の法則について大聖人は、本抄をはじめ、「願いが叶うか叶わないかは(あなたの)御信心によるのです。全く日蓮のせいではない」等々、厳愛(げんあい)の指導をつづられています。
師匠は、常に弟子の為に心を砕いている。
その心に、弟子がどう応えるか。
広宣流布に邁進する「師弟一体の祈り」は、弟子の真剣な一念と行動によって初めて成就すると仰せです。
【心こそ大切】
「信心」の深さが人生を決める


