(ゆっくり教学)43. 菩薩とは、あなたの事だったのです❣️実は、釈尊と久遠に、約束を交わしていた。【教学】

教学

​【地涌の菩薩】
妙法弘通の使命を
にない末法に出現

前回の続きをさっそく、始めて行きましょう。

末法の広宣流布をたくすために、地涌の菩薩が呼び出されたのが、虚空会こくうえの儀式の場でした。

もともと法華経では霊鷲山りょうじゅせんという場所で釈尊が説法していました。

そこに、多宝たほう如来という仏が巨大な宝塔ほうとうに乗って出現します。

さらにそこへ、あらゆる時代、あらゆる場所で活躍かつやくする仏や菩薩が総結集そうけつしゅうします。

そして、その場につどった人々が虚空(空中)で説法を聞くのです。

虚空会こくうえ
詳しくは、本ブログの【法華経の2】で説明しております。

壮大なスケールですね。

どういう意味を表しているのでしょう。

さまざまな意味があります。

あらゆる仏や菩薩が集まるのは、法華経でしめされる「真実しんじつ」が、どの時代でも、どのような場所でも、万人にあてはまる真理であることを伝えようとしているからではないでしょうか。

また、虚空会は、仏界の生命を表現しているといえます。

つまり、だれもが仏界をあらわせることを表現しているのです。

さらに、日蓮大聖人の仏法では御本尊とも深くかかわっていますが、そのことは別の機会に学びましょう。

では、法華経の虚空会の説法では、どういう主題しゅだい(テーマ)が説かれているのでしょうか。

一言でいえば、これまで学んできたように、仏の滅後末法めつごまっぽうに、だれが正法を弘めるのかを明らかにし、その人に未来をたくすことです。

つまり、万人の成仏が明かされた法華経だからこそ、仏が亡くなった後、とりわけ末法に弘めていくよう強調されているのです。

例えば「三類の強敵ごうてき」(俗衆増上慢ぞくしゅうぞうじょうまん道門どうもん増上慢、僭聖せんしょう増上慢)が出現することも、この虚空会の中で説かれています。

ここでは、菩薩たちが、それらの難を乗り越えて弘教ぐきょうしていくことを誓います。

しかし、それでも釈尊は、この菩薩たちに末法の弘通ぐつうまかせることはしませんでした。

そのあと、呼び出されたのが「地涌の菩薩」です。

正法を弘めていくうえで、大きな困難こんなんともなうのが末法です。

それをしのんで正法を弘めていける力が、地涌の菩薩にあるからです。

立派な菩薩たちの、出現の仕方からしてスケールが違います。

地涌じゆ」とは「大地からわきき出る」という意味です。

インドのガンジス河の砂の数の六万倍もの数の菩薩が、大地の下からわきき出てきます。

さらに、それぞれが無数の仲間をひきいています。

大聖人は涌出ゆじゅつとは「踊り出た」姿であるとも表現されています。

まさに歓喜の姿であり、圧巻あっかんの姿です。

そして、その姿は釈尊よりも、はるかに立派で気高いとされます。

大きな山がそびえ立つように、姿が堂々と品格に満ちていて智慧にあふれ、こころざし堅固けんごで、強い忍耐力をもっています。

釈尊を二十五歳の青年とすれば、地涌の菩薩は人生経験豊かな百歳の老人に相当するほどだというのです。

不思議ですね・・・。

実は、この地涌の菩薩が登場して、その直後に釈尊の久遠実成くおんじつじょうが明かされます。

久遠実成くおんじつじょう】            インドに生まれ今世で成仏したと説いてきた釈尊が、実は五百塵点劫ごひゃくじんてんごうという非常に遠い過去(久遠)に成仏していたということをあかしました。さらに釈尊は、自らが久遠の昔から娑婆しゃば世界で多くの衆生を説法教化し、下種結縁けちえんしてきたことを明かしました。

釈尊が、久遠の昔に成仏した時からずっと、そのもとで教えを受けてきたのが地涌の菩薩です

釈尊と同じように妙法を持ち、その境涯は仏と一体です。

しかし、菩薩の姿で悪世末法に妙法を広宣流布する使命を帯びているのです。

経文では、この地涌の菩薩を代表して、そのリーダーである上行じょうぎょう菩薩に未来の広宣流布をたくします。

そして、末法の御本仏・日蓮大聖人は、上行菩薩の御立場に立ち、妙法の広宣流布を進められました。

さらにいえば、大聖人が「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」と仰せです。

すなわち末法に出現するとされる地涌の菩薩たちとは、我々の事なのです。

我々は、久遠に釈尊に縁を受け現在に自ら生まれ、妙法を弘めようとしているのです


大聖人の大願である広宣流布の実現へ進み、だれもが一人残らず地涌の菩薩と帰るように、学んでいきましょう。

御本尊を受持した境地を「根底こんていが安心しきって、生きてること自体が楽しい」と思える日々を過ごして頂きたい。(生命内に御本尊の存在を知る事)

このように南無妙法蓮華経は、根源的に万人の生命を輝かせる大法なのです。

生死の苦悩に沈む末法の衆生を根底こんていから救う大良薬なのです。

その大良薬たる南無妙法蓮華経を末法の人々に教え、弘めていく主人公が地涌の菩薩にほかなりません。

地涌の菩薩とは、久遠の妙法を自身の生命に所持しょじした菩薩です

大聖人は「本法所持ほんぽうしょじの人にあらざれば末法の弘法ぐほうらざる者か」と仰せです。

本法ほんぽう」とは南無妙法蓮華経です。

末法の衆生を救う大良薬とは、寿量文底じゅりょうもんていの南無妙法蓮華経です

南無妙法蓮華経は、生命の法です。

したがって、自らの生命にこの法を所持しょじし、末法の衆生のためにあらわしていける人でなければ、末法の衆生を救うことはできません。

​【地涌の菩薩】
妙法弘通の使命を担い末法に出現

44. 太陽のように、愛をそそぎ続ける❣️万人が救われる教えとは。【教学】

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