【破邪顕正】
「万人の幸福」
への道を開く精神闘争
「悪と戦う」ことの重要性を学ぶなかで、「悪知識」という言葉を思い起こしました。「正法から人を退転させる働きをする者」のことです。
悪知識が私たちの回りに数多くいるのが末法の時代です。
悪知識は、私たちの生命そのものを狂わせます。
御書には「甘く語らい、詐って媚び、言葉巧みに人の心を奪って、悪に向かわせて、結局、善き心を破る」と示されています。
読み仮名
「甘く語らい、詐(いつわ)って媚(こ)び、言葉巧みに人の心を奪(うば)って、悪に向かわせて、結局、善き心を破る」
そこで、疑問に思われることは。以前、このブログでも学びました。善知識と悪知識を学んだ時には、悪知識には近寄らないことが大切だと解説しました。しかし、はたして、悪知識を自分から遠ざけるだけでいいのでしょうか。
まず大事なことは、自分が悪知識・悪縁に粉動されないことです。
そのうえで、今度は、人々が悪知識にたぶらかされているかを見極める。
日蓮大聖人御自身は、人々をたぶらかす悪知識の正体を見抜き、言論で戦い抜かれました。
例えば、権力と結託(けったく)して利益を貪っていた極楽寺良観など、悪知識の正体を暴きながら戦い続けられました。
そうした悪知識の本質は、民衆を軽蔑(けいべつ)し、人間を手段と見る点、さらには人々の心、生命を軽んじている点にあります。
「民衆の幸福」を実現するために、「悪」との闘争は避けて通れない、ということです。
悪と戦ってこそ仏法の目的が実現されるということです。
人間を手段ではなく目的として、人間それ自身の境涯を豊かにし人間性を光り輝かせよ。この仏法の精神を明確に説いた経典が法華経です。
法華経は、万人の成仏を説き、一人ひとりが、かけがえのない存在であることを示しています。
言い換えれば、「人間への尊敬」さらに「人間根本」「民衆根本」の理念を掲げているのが、法華経です。
この「仏法の人間主義」の理念が社会に広まることで、一人でも多くの人の幸福が実現されていくのです。
大聖人は、この仏法の心を我が心とする「法華経の行者」として、人間を軽んずる者たちと断固、戦い、末法における「万人の成仏の道」を開かれたのです。
人間を手段にしたり、「人間を軽賤(きょうせん)する者」は、法華経の精神と正反対だからです。
そうした人たちに共通するのは、万人の成仏を説いた法華経を軽んじたり侮蔑(ぶべつ)していることです。
生命の根本的迷い(無明)が激しくなる末法にあって、自他ともの仏性を、ますます信じられなくなり、人々の「仏性への不信」を増幅させるのです。
人間をおとしめる、こうした魔性の存在が、大聖人の時代で言えば、念仏・禅・真言・律の諸宗の僧でした。
例えば、大聖人の時代の念仏僧たちは、現実世界での万人成仏を説く法華経を謗り、さらには自分たちの教義すら改変して権力者に取り入ろうとしていました。
また、極楽世界への往生を説く念仏の影響で人々の間に、厭世主義(えんせいしゅぎ)<=現実の人生や世界に失望し、いやがる態度>がはびこってしまいました。
こうした各宗教の実情を踏まえて大聖人が痛烈に破折された内容は「念仏無間」「禅天魔」「真言亡国」「律国賊」としてまとめられていきますが、これらをまとめて「四箇の格言」ともいいます。
端的にいえば、人々の生命の無明を強め、仏性への信を閉ざす教えへの批判です。
確かに宗教や思想は、用いる人によって、さらに、その魔性が強められてしまいます。
根源の悪である魔性の働きを放置すれば、人々の「生命の善性」は食い破られ、善悪、正邪の基準が混乱し、民衆は次々と不幸へと陥ってしまいます。
また、当然のことながら、この魔性の姿は、時代ともに現れ方が違ってきます。
だからこそ、いつの時代にあっても、人々の幸福を妨げる悪の正体を徹底して暴き出し、その邪義を破折し、同時に、万人の幸福への道を開く教えを掲げ、訴えていくことが大事になります。
この大聖人の破邪顕正の闘争を受け継いでいるのが、世界各国で法華経を信受する人々です。
民衆の善なる生命を守り、「民衆のための社会」を築くために、悪と戦い、正義を訴える実践は不可欠なのです。
大聖人の闘争は、決して特定の宗派の人間を攻撃したり、自派を拡大するためではない。
どこまでも、民衆を蔑視(べっし)する権威・権力の魔性との闘争が、日蓮大聖人の実践の真髄だからです。
その根本は、万人の成仏の道をふさごうとする魔性との闘争です。
万人の成仏という最大の人間尊敬の道を開く「戦う人間主義」の宣言が、立宗宣言であったのではないでしょうか。
四箇の格言の本質は、当時の各宗の独善性と、その独善性を宗教的権威で隠す欺瞞性(ぎまん)を見破り、厳格(げんかく)に指摘された大聖人の「智慧」の発現だということです。
また、その根底に、民衆を守る「慈悲」が漲っていたことは言うまでもありません。
つまり、各時代において、民衆の幸福を妨げる思想・宗教を見破っていく智慧を発揮していくことが、四箇の格言の「継承」になるといっていいでしょう。
【破邪顕正】
「万人の幸福」
への道を開く精神闘争


