【十字御書】
「心」で決まる
人間性豊かな振る舞いを
御書
わざわいは口より出(い)でて身をやぶる・さいわいは心よりいでて我をかざる
通解
災いは口から出て、身を破る。
幸いは心から出て、自身を飾る
*南条時光の姉である重須殿女房が、十字(=蒸餅)や果物を御供養した事に対する御返事です。
本抄で日蓮大聖人は、「法華経を信じる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」と重須殿女房の信心を讃えられています。
幸福は外からやって来るものでは無く、自分自身の「心から出て」、我が身を飾る。
逆に、自分に災いをなす言葉もまた、自分の心から生ずると仰せです。
この生命の法則は、「草木は雨ふればさかう・人は善根をなせば必ずさかう」とも仰せの様に、万人に当てはまる真理であると。
なぜ心から生ずるのか。
仏法では「十界互具」を説き、どの様な衆生も仏界の生命を顕して成仏できる事を明かしています。
十界の生命(地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界)が全て、我が生命に本来、具わっていると。
本抄で大聖人は、この法理を次の様に教えておられます。
「そとそも地獄と仏とは、いずこの場所にあるのだろうかと探究したとき、あるいは(地獄は)地の下にあるという経文もあり、あるいは(仏は)西方等におられるという経もある。しかしながら、詳細に探究してみると、実は、私たちのこの五尺の身の内に(地獄も仏も)存在すると説かれている」
しかし、私たち凡夫は、目に近過ぎるまつ毛と、遠過ぎる大空の彼方は見る事は出来ない様に、我が心の内に仏の生命が具わっている事を知らないのであると仰せです。
幸福の源泉は、全てが「心」にある。
仏の生命を湧き立たせ、人間性豊かに振る舞う。
その実践が自身を飾り、福徳を「万里の外」から集めるのであると。
「心」で決まる
人間性豊かな振る舞いを


