【教学と法華経】16.争いが絶えない時代。あなたは、どう生きますか❣️この方法なら必ず幸福になる。

教学と法華経

【末法の大法】
‘‘人を根源から救う,,仏法出現の時

【正・像・末の三時】

日蓮大聖人の仏法は、争いが絶えない時代である末法の全民衆を救う力ある宗教です。

ここでは、正法・像法・末法という仏教の「三時」と、その時代に正しい教えを実践した人物について学びます。

日蓮大聖人の御生涯は、末法の民衆を救済するための闘争の連続であられた、と学びました。

争いの絶えない時代の民衆を救い切ると一口で言っても本当に大変なことだと思います。

最も大変な時代に生きる人々を救うために仏法があるのです。

仏法は、時代とのかかわりを抜きに語ることはできません。

言い方を換えれば、時代とともに仏法流布のあり方は推移していきます。

その過程を説いたのが、「正法」「像法」「末法」という・時代のとらえ方・です。

これらまとめて「三時」、あるいは「正・像・末の三時」といいます。

実際に、各時代の仏法の正しい実践者は、三時のそれぞれに応じた教えを実践し、弘めていきました。

その時代の人々の仏法理解の能力にあわせて、仏法を説き弘めていったのです。

「正法」とは、仏法が正しく弘められていく時代。

さらに「像法」とは仏法が形骸化(けいがいか)<=形だけになる>していく時代です。

通説では、正法・像法は、それぞれ一千年間とされ、日本では平安時代の永承(えいしょう)七年(一〇五二年)に末法が始まったとされていました。

ただし、正法千年、像法千年といっても大きな時代の変遷(へんせん)という意味であって、一〇〇一年目、二〇〇一年目から急激に社会が一変するという意味ではありません。

また、こうした仏法の時代区分について、大集経では、五百年ごとに分けています。

釈尊滅後の時代の移り変わりを、五百年ごとに五つに分けて、示しています。

最初の五百年は悟りを得る人が多い「解脱堅固」(げだつけんご)。

「解脱」とは・悟り・のことです。

「堅固」とは、釈尊滅後の時期を五つに区別した、それぞれの五百年ごとの様相がしっかり定まっていることを指しています。

次の五百年は禅定(瞑想)の修行が盛んに行われる「禅定堅固」(ぜんじょうけんご)です。

また、第三の五百年は、経典の読誦や法門の聴聞が盛んに行われる「読誦多聞堅固」(どくじゅたもんけんご)、第四の五百年は堂塔や寺院が盛んに造られる「多造塔寺堅固」(たぞうとうじけんご)です。

更に第五の五百年には、仏法の中でさまざまな見解が入り乱れ争う「闘諍堅固」(とうじょうけんご)の時を迎えます。

それが末法です。「闘諍」とは‘‘争い,,の意味で、この時代は、仏法の中で見解が入り乱れて、釈尊の正しい教え(正法)が分からなくなり埋没(まいぼつ)してしまう「白法隠没」(びゃくほうおんもつ)の時代でもあります。

「白法」とは、‘‘清浄な善の法,,という意味で、釈尊の教えを指しています。

この五箇の五百歳と三時との対応について、大聖人は「解脱堅固」「禅定堅固」が正法時代、次の「読誦多聞堅固」「多造塔寺堅固」が像法時代、そして五番目の五百年間「闘諍堅固」が末法の初めにあたるとされています。

末法というと、混乱した社会をイメージします。

その原因は、仏教内部の混乱が、そのまま社会の混乱に結びつくからです。

そして、その社会の混乱は、人々の生命それ自体が、以前にも増して、より強く「貪り」(むさぼり)「瞋り」(いかり)「癡か」(おろか)に支配されていった結果でもあります。

それらの悪い生命をもたらす根源の働きを「元品の無明」(生命の根本的迷い)ともいいます。

端的に言えば、自他の仏の生命があることを信じることができず、仏法のなかでも、社会においても、争いや対立が絶えまなくなるのが、末法です。

とりわけ仏教のなかの誤った教えが、人々の無明をますます増幅させていきます。

たとえば、病がますます重くなっていくような感じです。

それには、重病を治す薬が必要であり、その大良薬こそ妙法です。

具体的には、不幸を幸福へと転換していくために、一人ひとりが自身の内面から無限の可能性を開いていくしかありません。

すなわち、一人ひとりが仏界を顕していくことが必要となります。

大聖人は「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」、「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」と仰せです。

日蓮大聖人の仏法は、人々に仏界を涌現させるための妙法であり、末法の闇を照らす太陽の仏法なのです。

御書は「末法の経典」です。

大集経に「闘諍言訟(とうじょうごんしょう)・白法隠没(びゃくほうおんもつ)」とあるように、末法は、釈尊の仏法のなかで混乱が極まり、民衆を救う力が失せる時代であるとされています。

また、仏法の混乱とあいまって、社会においても、争いが絶えない時代になるとも説かれている。

要するに、仏法も社会も行き詰まり、このままでは混乱と破局に陥りかねない危機的な時代が末法です。

日蓮大聖人は、まさに御自身が生きる当時の日本こそ、「闘諍言訟・白法隠没」という末法の様相そのものを呈していると捉えられました。

そして、このような時代に生きる人々をどうすれば根本的に救っていけるのか、また、どうすれば時代を変革していけるのかを探究されたのです。

それは、現代の時代相にそのまま通じます。

末法の救済は、自他の仏性を開発していく実践以外にない、というのが大聖人の結論だったのです。

そして、自他の仏性への礼拝を南無妙法蓮華経として顕されたわけです。

「末法万年尽未来際」と言われます。

ゆえに、大聖人の時代から七百年を経た現代においても、大聖人が捉えられた「末法」という時代性の本質は、変わっていないといってよいでしょう。

端的に言えば、末法とは「争いの時代」です。

あらゆるものが争いへと流されていく時代です。

その激流に抗する力は、「自他の仏性を信ずる」という強い信念です。

そして、その信念の実践化としての「人を敬う」行動以外にありません。

この信念と行動の拡大が「広宣流布」にほかならない。

「争いの時代」の激流を押し返す、「広宣流布」の流れをつくられたのが、大聖人なのです。

「根ふかければ枝しげし源遠ければ流れながし」です。

大聖人は、御自身の戦いが末法万年の広宣流布の根源であり、激流であると言われています。

【末法の大法】
‘‘人を根源から救う,,仏法出現の時

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