【成仏の大法】
‘‘自分が変われば、世界が変わる,,
前回、「生命」をさまざまな観点から総合的に把握した法理が、一念三千の法門であることを知りました。
しかし、そのことが私たちの生きる‘‘現実,,に、どういう意味をもっているのか、もうひとつピンときませんね。
まず、日蓮大聖人は御書のなかで、一念三千について示した天台大師の『摩訶止観』の一節を引用されています。
そこには次のようにあります。
「この三千の諸法は、一念の心にある。もし心が無ければそれまでのことであるが、たとえ僅かでも心が有るならば、そこに三千の諸法が具わるのである」。
わずかでも私たちの「一念の心」があるところ、そこに「三千の諸法」が具わるということです。
「三千の諸法」とは、全宇宙に起こりうる、あらゆる現象です。
言い換えれば、私たちの一瞬一瞬の生命に全宇宙を具しているということになります。
自分が、宇宙と一体の壮大な生命であることを知れば、心に深い「希望」が起こります。
自身をはじめ、だれもが偉大にして尊い存在であることが分かるからです。
一念発起は‘‘希望の哲学,,なのです。
今、全宇宙が、わが一瞬の生命の中に収まっていることを紹介しました。
今度はその反対に、一念三千には、自身の一念が、三千の諸法に‘‘あまねく、広くいきわたる,,という面もあります。
すなわち、一念三千は、一瞬の生命に全宇宙が具わっているという面と、逆に、一瞬の生命が、全宇宙にまで行き渡っているという面の両側面をもっているのです。
どんな生命も、大宇宙と不可分のかけがえのない小宇宙であり、尊極で宇宙大の可能性をもつ存在であると捉えるのが仏法です。
このことを悟り、この正しい生命観のもとで人間として正しく生きていく智慧と、すべての人を、この哲学で救っていきたいという慈悲を起こした人が仏です。
結論だけ言えば、大きく二つの意義があります。
一つは、私たちの生命には、だれであれ尊極の仏界があるという意味で、万人に根本的な「希望」を与えていける哲学であるということです。
そして、もう一つは、その仏界を現せば、人間は苦悩を真の安楽に、迷いを智慧に、悲惨を安心に変えていけます。
まさに一念三千は、「変革」の哲学でもあるのです。
この一念三千を真の意味で「変革の原理」として確立したのが日蓮大聖人の仏法です。
大聖人は一人の生命変革の道を打ち立てるとともに、自身の生命の変革は決して自分一人だけにとどまるものではなく、友人、そして家庭、地域、職場、ひいては全人類の変革にまで及んでいく可能性を秘めている、という「事の一念三千」を明かしました。
言い換えれば、‘‘自分が変われば、世界が変わる,,というイメージを送っているのが、日蓮大聖人の事の一念三千の仏法なのです。
「三千」だからといって、例えば、二千四百二十三番目が何か、とか考える必要はありません。
要するに、瞬間瞬間のわが生命に‘‘無限の可能性,,が秘められている、このことを知ることが大事なのです。
そのことを、「十界互具」の観点から見れば、‘‘だれもが仏界をただちに涌現できる,,ということになります。
大聖人の事の一念三千では、この十界互具が大きな意味をもってきます。
実は、一念三千の原理のハイライトとなるのが、この「十界互具」なのです。
大聖人は「一念三千は十界互具よりことはじまれり」と仰せです。
更に「一念三千は九界即仏界・仏界即九界と談ず」とも仰せられています。
大聖人の仏法においては、一念三千を人間の境涯変革の道として捉えるからこそ、十界互具を強調するのです。
詳しくは次に学びましょう。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」。
これは、仏法の「一念三千」の法理を、現代的に表現したものであるともいえる。
わが一念の変革が、五陰世間の五陰を変え、衆生世間の衆生を、ひいては国土世間の国土をも変革していくのであります。
つまり、一念の変革が、まず、わが生命を変えていく。
健康で、力強く、無限の知恵を発揮していく。
その、変革された生命は周囲の人々をも幸福の方向へと導いていく。
また悪を打ち倒していく。
さらには、社会、自然をも変えていく。
豊かで平和な楽土へと転換していくのであります。
これが「一念三千」の法門である。
仏法の究極の大哲学であります。
【成仏の大法】
‘‘自分が変われば、世界が変わる,,


