【転重軽受法門】
【転重軽受】
「宿命」を「使命」に変える信心
御書
涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして 未来に地獄の苦を受くべきが 今生にかかる重苦に値い候へば 地獄の苦みぱっときへて 死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候
通解
涅槃経に「転重軽受(重きを転じて軽く受く)」という法門がある。それは過去の重い悪業が今世だけでは消滅せず、未来にも地獄の苦しみを受けるはずであったが、今の一生において、このような(法華経ゆえの大難という)重い苦しみにあったので、地獄の苦しみもたちまちに消えて、死んでからは人界・天界、声聞・縁覚・菩薩の三乗、一仏乗の功徳を得ることができる。
文永8年(1271年)10月5日、大田乗明・曾谷教信・金原法橋に与えられた御消息。同年9月に「竜の口の法難」に遭われた日蓮大聖人は、佐渡へ流罪となるまで、相模国(現在の神奈川県)依智に身を置かれた。本抄では、過去世の謗法によって未来に重く受けるべき罪を、法華経を保つことによって今、軽く受けて消滅できるという「転重軽受」の法門を教えられた。
信心に励んでいくなかでも、病気や、家族、仕事の問題など、さまざまな苦難が起こる。
私たちは、自分が、どんな宿業をもっているか分からない。大聖人御自身も、私たちのために「日蓮がこのように迫害される原因も、過去世から業がないわけではない」と仰せである。
たとえ私たちに過去遠遠劫以来の無量の宿業があったとしても、それを転換する力が妙法にある。それが日蓮大聖人の宿命転換の仏法であります。
私たちに起こる宿業は、その転換のための過程であり、広宣流布に戦ったゆえに出たのだから、むしろ喜ぶべきことである。
苦難と真正面から向き合い、マイナスを大いなるプラスへと転換していく信心であります。
その時は苦しくとも、一気に仏の大境涯を開ける。地獄の苦しみは、「ぱっと」消えるのである。
そしてまた、苦しみ、悩んでいる友を救っていくためには、自分自身が苦しみながら宿命転換に挑戦している姿をありのままに示し、この信心で一緒に幸せになろうと、身をもって「幸福の軌道」を示していく以外にない。
この「同苦」の心で、人々の幸の連帯は世界に広がっていくのです。
いかなる宿命も自身の人生を深めるためのものである。そして、宿命と戦う自分の姿が、万人の人生の鏡となっていくのです。
宿命に打ち勝つ信心であり、「宿命」を「使命」に変えゆく信心である。
自分が今いる場所で、勝利の姿を示し切っていく、そのための信心なのです。
【転重軽受】
「宿命」を「使命」に変える信心


