【経王殿御返事】
【病に打ち勝つ】
一切の障魔を破る「師子吼」の祈りを
御書
此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや
通解
この曼荼羅(御本尊)をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は、師子吼のようなものである。
どのような病も、成仏の妨げとなることはない。
文永10年1273年8月15日、病気の子を持つ門下に与えられた御消息。
まだ幼い経王御前の病を知られた日蓮大聖人は、流罪の地・佐渡から渾身の激励を綴られた。
大聖人が顕された御本尊への祈りによって、法華経に説かれる「師子奮迅之力」を出すことができるのであり、諸天善神をゆり動かす真剣な題目を唱えるよう、励まされている。
親にとって、わが子の病気ほど辛いものはない。
また、大切な人が苦しんでいることを知れば、何とかしてあげたいと願うものである。
本抄で大聖人は、「あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」
大確信の言葉を綴られ、どこまでも信心根本で臨むよう教えておられる。
もちろん病気を「信心だけで治す」ということではない。
当然、病気等で必要な診断、治療を受け、そのうえで御本尊に強盛に祈り、「絶対に治す」と一念を定めるのだ。
日寛上人は御本尊の功力について、「祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなきなり」(観心本尊抄文段)
との有名な一節を残されています。
ただし、疑いの心を持ってしまえば、どれほど偉大な妙法であっても、その力用を引き出すことはできない。
あくまでも「御信心によるべし」なのです。
信心によって病魔を克服した蘇生のドラマは、数限りない。
病は四苦(生老病死)の一つであり、人間は病から逃れることはできない。
しかし、信心を貫く人は決して病に負けない。
病に広宣流布の戦いを妨げられることもないのです。
大聖人は「日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、経に云く師子奮迅之力とは是なり」とも仰せです。
御本仏が「師子奮迅の力」を込めて、仏の生命を顕された御本尊に、真剣に祈り抜く。
その瞬間瞬間のわが生命に、いかなる障魔も吹き飛ばす「師子王の心」が躍動するのです。
【病に打ち勝つ】
一切の障魔を破る「師子吼」の祈りを


