【法華経】五百弟子授記品(第八章)授学無学人記品(第九章)
【声聞たちの目覚め】何とすばらしき「大願の人生」
法華経と共に
法華経がもたらした、まったく新しい考え方、それは「人間は本来、自由であり、自分の力で運命を切り開けるし、人間の運命は変えられるという考え方です」
「この法華経の思想は、人々を内面的に解放しました。そこが多くの人々を魅きつけていったのだと思われます」
このブログの「法華経と現代」でも、さまざまな角度から、明らかにされてきたところです。
二十一世紀に果たす法華経の使命についても、「法華経は、人間、一人一人に『なぜ、私はこんなことをしているのか』『自分は、いずこへ行くのか』、また、『人類は、いずこへ向かうのか』等と思索させます。人々が考え始めるのです。それが法華経の使命であると考えます」と。
「人の幸せは自分の不幸」「人の不幸が自分の幸せ」と放言する人さえいます。
そういう人は、競争社会に毒された悲しい犠牲者です。
本当は、人のために生きることは、自分の幸福のためにも不可欠なのです。
深層心理の研究で有名なユングなどの心理学者たちは、「理想的な人生」を、おおよそこう描いています。
「幼年期」には、両親など周囲の人々の愛につつまれて安心感があり、「青年期」には、より高きもの、神聖なものを求めて努力する。「中年期」には他者に奉仕し、「老年期」には希望や智慧などの内面性に生きて、人生そのものを全面的に受け入れ、肯定できる。そういう人生が完全に幸せな人生である、と。
高きものを求めて努力し、他者に奉仕して、人生を完成させる。
仏法の「菩薩」の生き方に通じます。
この「菩薩」の生き方を復活させることが、二十一世紀の根本課題なのです。
過去に遡りますが。
「レニングラード市民の戦い」でも、菩薩のごときドラマが、たくさん生まれたと言われます。(現在のサンクトペテルブルク)
九百日にわたるナチス・ドイツの包囲、この戦いで、八十万人とも、百万人とも言われる市民が亡くなりました。
大半が餓死でした。
ある女性詩人は、亡くなった夫を子ども用の橇に積んで、郊外のピスカリョフ墓地まで運んだ。
野積みの遺体の中に放置するしかなかった。
彼女が、疲労と空腹に耐えながら、休み休み道を歩いていると、同じように亡骸を布などで包んで橇で運ぶ、いく人もの女性たちとすれちがったという。
彼女は詠んだ。
「わたしにとって勝利など、本当にあるのでしょうか?それがわたしにとってなんでしょう。わたしを放っといて、わたしに忘れさせて、わたしはひとりで生きますから」
ピスカリョフ墓地の墓碑銘の一節に、
「だれ一人忘れることはない なに一つ忘れることはない」
レニングラードの歴史は、一人として代えることのできない、百万の人生の重みをもって、私たちに呼びかけています。
平和を!何としても平和を!こんな不幸を、二度と繰り返してはならない!と。
その声なき叫びを届けるために、今世界で平和が求められています。
そういうなかで、何がレニングラードの市民を支えたのでしょうか。
さまざまな見方がありますが、「ラジオ放送」の力が大きかったと言われています。
有線放送です。普通のラジオ受信機は、持っているだけでも死刑、とされていたそうです。
人々は、食べ物もない、寒い部屋にじっとして、ラジオから流れる詩の朗読や演奏を楽しみにしていた。
しかし、聴くほうも生きているのがやっとなら、放送するほうも息絶えだえだったのです。
ある詩人は、スタジオで最後の力をふりしぼっての朗読後、飢えと衰弱で倒れ、数日後に息を引きとった。
ある歌手は、倒れないようにステッキで姿勢をたもちながらアリアを歌い、その夜、亡くなった。
放送局には、T字の形をした熊手のような木組みが置かれていたが、それは弱りきって立っているのがやっとの出演者の支えのためだった。
放送局長は、懸命に出演者を励ました。
「何千とあるアパートのなかで、聴取者のみなさんがあなたの声を待っているのです」
電力不足で放送が中止された時には、「配給を減らされても我慢するから再開してほしい」という市民の声が寄せられたほどです。
なんとか、みんなを励ましたい。
その命がけの「声」が、凍える市民の心に勇気の灯をともしたのです。
食糧も暖房も灯火もとだえ、そして、希望も失われた時に、人々の生命を支えたのは、魂に呼びかける「声」であり、「言葉」だったのです。
人間は、胃袋だけが飢えるのではない。
魂にも糧が必要なのです。
「本当の文化とは何か」を考えさせられます。
艦隊の中でも、何千人もの水兵たちが、ドストエフスキーやトルストイを読んでいたという。
レニングラードの作家たちの、大事なエピソードがある。
彼らは、この包囲の生活の様子を本に残そうと考えた。
しかし、当局はこの計画を認めなかった。
だいぶたってから認可がおりたが、そのころにはすでに多くの作家が亡くなり、生きている作家も、ほとんど仕事ができないほど、弱りきった状態だったと言うのです。
結局、計画は挫折した。
こうした様子を伝えながら、ソールズベリーは書いています。
「人びとは、自分が必要とされているのだ、という意識で、お互いに支え合っていた、なにもすることがなくなったとき、人びとは死に始めた。することがないのは、空襲以上におそろしいことだった」
認可が遅れたのは、当局のだれも、認可の責任をとりたがらなかったからだという。
「官僚主義」が、作家たちの希望を奪い、生命を奪ったのです。
「民衆の心を知らない」ということが、いかに恐ろしいことか。
万人も、心の底から自覚しなければならない。
ともあれ、あの人のために頑張ろう、みんなのために歌おう、後世のために書こう。
その心が、自分を支え、互いを支えたのです。
人のために働くなかに「真実の自分」が輝く。
「生命の底力」が湧いてくる。
それが「人間」です。
法華経が教えているのも、その生き方なのです。
さあ、五百弟子授記品と授学無学人記品。
いよいよ法華経の前半(迹門)の中心テーマ「開三顕一(三乗を開いて一仏乗を顕す)」の締めくくりです。
【法華経】五百弟子授記品(第八章)授学無学人記品(第九章)


