法華経【第六章】授記品 完結
万人を成仏への、確かなる軌道へ
法華経と共に
さっそくですが、
前回の続きを始めましょう。
天台大師は、法華経の授記を三因仏性にあてはめ、不軽菩薩の授記は正因仏性の授記であるとしています。
三因仏性とは、正因、縁因、了因の三つです。
1.正因(しょういん)とは、すべての人にある仏界の生命です。
2.了因(りょういん)とは、その仏界を涌現させる智慧です。
3.縁因(えんいん)とは、その智慧を現すための善根、修行です。
この三つが成仏の原因になります。
天台大師によると、法華経における声聞への授記は了因仏性の授記にあたります。
また、法師品の十種供養など、仏を讃嘆する信仰実践によって成仏できると説くことを「縁因仏性の授記」としています。
十種供養とは、
①華
②香
③瓔珞(ようらく)玉をつないだ首飾り。
④抹香(まつこう)粉にした香
⑤塗香(ずこう)香を手や身に塗って行者の身を清めること。
⑥焼香(しょうこう)香をたくこと。
⑦ 繒蓋(ぞうがい)絹のかさ
⑧幢旛(どうばん)仏堂に飾る旛。
⑨衣服
⑩技楽(ぎがく)音楽の供養。繒蓋と幢旛をあわせて一種とし、合掌を加えて十種とする説も
そして、不軽菩薩があらゆる人々に仏性を見いだし、礼拝したことが正因仏性の授記です。
正因仏性の授記は、自身の内なる仏界に気づかせることです。
正因仏性とは、要するに心そのもの、生命そのものです。その偉大な可能性に気づかせるのが正因仏性の授記です。
分かりやすく言えば、あらゆる人々にあなたも必ず最高に幸せになれると言いきっていくことです。
苦悩の闇の中で諦めきった人々に希望をあたえ、挑戦する心をよみがえらせることです。
また、停滞し、行き詰まった社会にあって、「人間には、すべての難問を解決する無限の可能性がある」と主張することです
どの人も妙法の当体です。人間であることが尊いのです。それを身をもって示したのが不軽菩薩の礼拝行です。
大聖人は、この不軽菩薩の実践とご自身の実践は同じである、と言われている。
南無妙法蓮華経と唱え弘めるのは、「末法における授記」なのです。
大聖人は「記とは南無妙法蓮華経なり」と仰せです。
この南無妙法蓮華経の授記について、大聖人は「妙法の授記なるが故に法界の授記なり」と仰せです。
法界の授記とは、十法界(十界)すべてに対する授記ということです。
十界のいかなる衆生も妙法の当体である、とはっきり示すのが南無妙法蓮華経の授記なのです
たとえ地獄界にあっても妙法の当体であるから必ず成仏できる、そのように授記していくのです。
これが法華経の「万人への授記」「平等の授記」の究極です。
そして大聖人の仏法は下種仏法です。
その「授記」、つまり南無妙法蓮華経の記を授けるとは、妙法を下種することであり、妙法と結縁させることです。
人々の生命の奥底に、自分は妙法の当体であるとの自覚を植えつけることです。
それは、生命の無限の可能性を言いきっていくことでもある。
また、南無妙法蓮華経は、幸福と平和の種子です。
南無妙法蓮華経の授記とは、人類を幸福と平和への「間違いなき軌道」に乗せていくのです。
すべての衆生は妙法の当体であるとの深い生命観、人間観が根づいていけば、人類は、その「間違いなき軌道」を歩むことができるにちがいない。
ともあれ、成仏とは「ゴール」のようで「ゴール」ではない。
絶対の「軌道」です。
永遠に向上、永遠に充実、永遠に遊楽へと進んでいける「希望」そのものです。
法華経の「未来成仏」も、永遠に「未来へ」「未来へ」もっと成長していこう、もっと人を救っていこうという、現当二世の心を教えているのではないでしょうか。
成仏が、そこから先は何もない「完成」だったら、かえって、つまらないでしょうね。
成仏の「軌道」に入れば、そこで出合う嵐も、吹雪も、木枯らしも、もちろん春風も、青空も、太陽も、すべて心から楽しみきっていける。
「生」も楽しい、「死」も楽しいという無上の境涯。
その永遠の充実、永遠の希望を約束する「軌道」なのです。
「一生成仏」「即身成仏」の、限りない連続とも言える。
その究極が「難来るを以て安楽と意得可(こころうべ)きなり」との大聖人のご境涯です。
「三類の強敵」「三障四魔」これらの難は、「あなたの進む道に間違いはありませんよ」「これを乗り越えれば必ず仏になれますよ」という最高の保証です
難があるから今、進んでいる広布の道が正しいと分かる。
生々世々、仏の軌道に入っていくと確信できる。最高の励みです。
ゆえに信心の眼で見れば、「難」もまた「授記」なのです。
仏道修行の卒業試験とも言えるだろう。
「三類の強敵」が競い起こった時こそ、じつは、成仏の「軌道」に入るチャンスなのです。入れば、永遠に仏です。
これまで、漠然としていた「授記」の深い意味が明快になりました。
人類にとって、正しき「軌道」が必要です。
「われわれは、曲がりくねった道を無謀な速度で車を運転しており、いまにも大惨事を招く危険を冒しています」と。ローマ・クラブの創設者。ペッチェイ博士は語っています。
われわれは、どこへ向かっているのか。どこへ向かうべきなのか。「確たる軌道」がないまま、予測できない暗闇に向かって、今も暴走し続けている。それが現代の人類なんですと。
博士は言われました。「人間革命こそが、新しい進路の選択と、人類の幸福の回復を可能にする積極的な行動の鍵なのです」と。
「正しい方向をめざす人間」を開発するのが仏法です。
「正しい方向」とは「自他ともに幸福になる」ことです。
その方向への「確かなる軌道」へ、自分も入り、人も入らせていく、この生命の触発作業が、「人間革命」の運動です。
また仏法を基調にした平和・文化・教育運動です。
これらは広い意味で、法華経の「授記」の精神に通じているのです。
法華経【第六章】授記品 完結


