(ゆっくり教学)46. 誰にも負けない、勝つことだけ考える❣️カエルの子は、カエル。【教学】

教学

師子王ししおうの心】
どんな苦難にも立ち向かう勇気

民衆救済のために戦う仏の生命を師子王(獅子王ししおう)にたとええています。

この「師子王ししおう」とは、ライオンのことです。

師子王の心とは、何ものをも恐れぬ心です。

ライオンは、あらゆるけもののなかの王者ですから、いかなる獣を恐れることもありません。

この「師子王の心」が「仏の心」であり、妙法をたもった人の胸中きょうちゅうにある仏界の生命なのです。

日蓮大聖人は、百獣ひゃくじゅうの王である師子が、安心して、どこへでも自由にいけるように、妙法をたもった人は、一切の苦難を乗り越え、何も恐れない人生を送ることができる、と仰せです。

つまり「師子王の心」とは「仏の生命」のことなのです。

本来、だれの生命にもある「仏界」のことです。

仏界とは、自身の生命が宇宙をつらぬく根源の真理と一体であることを悟った生命境涯です。

また、万人に慈愛じあいそそ広大こうだいで豊かな境涯きょうがいです。

そして、仏は、その限りない慈悲じひと智慧を自身の生命にあらわし、その力で万人に自身と等しい仏の境涯をさせるために、どこまでも戦い続けていきます。

広宣流布に戦う日蓮大聖人の生き方そのものです。

仏の振る舞い、すなわち仏界をあらわした人間の行動とは、具体的には、どういうものなのでしょう。

端的たんてきにいえば、それは、大聖人の佐渡での御振おふいにしめされています。

当時、ほとんどの人が生きては帰れなかった流罪のなかでのことです。

そのなかにあって、万人の成仏への道を確立するために、大聖人は御本尊をあらわされます。

そして、御自身が末法の万人を救う仏であることを宣言された「人本尊開顕にんほんぞんかいけん」の書である「開目抄かいもくしょう」、ならびに、御本尊をたもつことによって万人が成仏できることを明らかにされた「法本尊開顕ほうほんぞんかいけん」の書である「観心本尊抄かんじんほんぞんしょう」をあらわされました。

それだけでなく、さらに大聖人が、鎌倉をはじめ遠く離れた地で迫害や苦境くきょうと戦う門下に、信心の激励げきれいを続けられたことはいうまでもありません。

最悪の環境かんきょうのなかで、大聖人は悠然ゆうぜんと民衆の幸福のために戦い続けられたのです。

どんな迫害の中でも、御自身が「師子王の心」で戦われたと大聖人が仰せです。

御書
「悪王が正法を破滅はめつさせようとするのに対して、邪法じゃほうほうずる僧らが結託けったくをして、真実の智者を亡き者にしようとする時には、師子王のような心をもっている者が必ず仏に成るのである。例をげれば、日蓮のようなものである」

勇気の信心をふるい起こして広布の前進をはばむ悪と戦っていく人は必ず成仏できるとの仰せです。

また、大聖人の御在世のなかで、門下が直面した最大の迫害が、熱原の法難でした。

駿河国するがのくに(静岡県)の富士方面で日興上人にっこうしょうにんが中心となり、折伏しゃくぶく弘教ぐきょうが進められ、天台宗などの僧・信徒が相次いで改宗かいしゅうするようになりました。

しかし、そのために、熱原郷あつはらごう竜泉寺りゅうせんじでは住職代理の行智ぎょうち策謀さくぼうして、大聖人の仏法を実践する農民信徒を脅迫する事件が起こりました。

権力は新しい民衆の台頭たいとうを恐れ、大弾圧だいだんあつ画策かくさくしたのです。

弘安こうあん二年1279年9月21日のことです。
熱原の農民信徒二十人が、無実の罪で逮捕され、わざわざ幕府の要人である
平左衛門尉へいのさえもんのじょうが、自ら鎌倉で厳しい取り調べを行い、法華経の信心を捨てるようおどすすのです。

しかし、農民達は信心を貫き通し、決してくっしませんでした。

そのため、十月十五日(一説には翌年よくどし4月8日)、神四郎じんしろう弥五郎やごろう弥六郎やろくろうの兄弟は処刑され、残りの十七人は追放処分にったのです(熱原の法難)。

この時、大聖人は、次のようにはげまされています。

御書
「日蓮門下の一人ひとりは、師子王の心を取り出して、どんなに人がおどしてもひるむことがあってはならない。師子王は百獣ひゃくじゅうを恐れない。師子王の子もまた同じである」

大聖人と同じ「師子王の心」、すなわち勇気の心をふるい起こして、迫害に打ち勝っていきなさい、との仰せです。

その教えのままに、牧口先生は民衆を戦争の悪へと追いやっていった日本の国家神道こっかしんとうを精神の支柱しちゆうとするあやまりを明快めいかいうったえ抜かれたのです。

「師子王の心」である仏界とは、何があっても動じない「安心立命あんしんりつめいの境涯」でもあります。

信心によって、ほとばしり出る勇気の心で、広宣流布へ戦い続ける生き方のなかに、何ものにもこわされない仏の境涯が、開かれていくのです。

大聖人は、熱原法難の渦中かちゅうにおいて、次のように門下をはげまされています。

御書
各各おのおの師子王の心を取りいだして・いかにひとをどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」

いかなる嵐にも、迫害の大波にも、決して恐れない。

「師子王の心」で進んでいく、これこそ大聖人門下の精神であり、仏法の伝統精神であります。

牧口先生は「いくじのない生命を、強く、清くするのが信心である」と仰せでした。

信心は臆病であってはならない。

臆病では「成仏」を勝ちとることは絶対にできない。

大切なのは、勇気であると。

何ものをも恐れぬ勇気こそ、まことの信仰者の証といっております。

【師子王の心】
どんな苦難にも立ち向かう勇気

47. あなたの未来は、あなたが決める❣️勝利を勝ち取る源泉。【教学】

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