(ゆっくり教学)35.安全の「安」とは❣️ 【立正安国】下 人類の平和と幸福が日蓮仏法の目的【教学】

教学

【立正安国】下
人類の平和と幸福が日蓮仏法の目的

一人ひとりの内なる「生命変革」によって、社会の繁栄を追求する「立正安国」の考え方こそ、民衆の幸福を実現する確実な道筋だと実感します。

こんにち、ますます「立正安国」の重要性が、増しているのではないでしょうか。

「安国」の「国」とは。

「国」を考えるうえで大事な事が二点あると仰せです。

一つは、国といっても、日本一国ではありません。

「全世界」を指しています。

「全世界の民衆の幸福」が「安国」の内容なのです。

二つ目は、権力者・為政者いせいしゃの為の国家ではなく、民衆中心の国という意味です。

日蓮大聖人直筆の「立正安国論」では、「安国」の「国」の字のほとんどが「囗」の中に「たみ」という文字が使われています。

「王」が領土りょうどの中に居る事を意味するのが「国」。

それに対して、大聖人の用いられた「囗」の中に「たみ」は、「民衆が生活する場」という意味です。

ここから、大聖人が「民衆中心」に国をとらえられている事が分かります。

大聖人は、一貫いっかんして「民衆中心」「民衆根本」です。

それは、権力者は、民衆に支えられての事であるからです。

「王はたみを親とする」と大聖人は仰せです。

更に言えば、為政者いせいしゃには民衆の幸福を実現する責任があります

政治も経済も文化も、その根本の目的は「民衆の幸福」にあるはずです。

元々、為政者いせいしゃの存在は「万民の手足」とも大聖人は仰せです。

現代で言えば、民衆の公僕こうぼくです

「国王となりながら、民衆のなげきを知らない者は悪道に堕ちる」とまで大聖人は言われています。


大聖人の「立正安国」の考え方は当時の日本の宗教事情から言っても、画期的かっきてきな思想です。

当時の宗教は、政治と癒着ゆちゃくし、国家から保護され、権力の安泰あんたいのために祈っていたのです

大聖人は、そうした民衆を苦しめる宗教と戦い抜かれました


どこまでも、民衆の幸福のために宗教はある、という考えなのです。

実際に、大聖人の側から為政者いせいしゃに保護を求めた事はありません

また、安国論で為政者いせいしゃに戦争の危機を予言したのも、戦争で一番苦しむのが庶民しょみんだからです。

安国論には「他国から敵が攻めてきて侵略しんりゃくし、国内に内乱が起きて土地が略奪りゃくだつされるならば、どうして驚かないでいられようか。どうして騒がないでいられようか。国を失い、家が滅びてしまったなら、いったいどこに逃れることができるだろうか」とも大聖人は仰せです。

だからこそ、大聖人は為政者いせいしゃに「生命観のゆがみ」を正すようにいさめられたのです。


民衆を救わずにはいられない、そのやむにやまれぬ願いが伝わってきます。

民衆の幸福と、社会の平和と繁栄の為に行動するところに、仏法の魂はあります。

「一身の安泰あんたいを願うならば、まず世界の平和を祈るべきである」と大聖人は仰せです。

「人間への
尊敬そんけい」「生命尊厳そんげん」という日蓮仏法の理念をかかげ、「善」の実現のために庶民しょみんの連帯を広げる民衆こそ、仏法の正統せいとうなのです。

「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」ここに日蓮仏法の結論があります。

それでは、この「立正安国」の「国」を、どのようにとらえるか。

平和と文化と教育の繁栄を、全世界にもたらす、ここに「立正安国」の精神があるのです。

【立正安国】下
人類の平和と幸福が日蓮仏法の目的

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