【妙法尼御前御返事】
【生も歓喜、死も歓喜】
「永遠の生命観」を深めよ
御書
いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり
通解
(亡くなられたあなたの夫は)生きておられた時は生の仏、今は死の仏。共に仏である。「即身成仏」という大事な法門が、これである。
南条時光の母が、亡き夫・南条兵衛七郎の追善供養のため、日蓮大聖人に御供養したことに対する御返事です。
大聖人は、亡き夫こそ、妙法の信仰を教えてくれた尊い人であり、さまざまな困難を乗り越えて信心を貫いた夫は、即身成仏の法理の通り、生きておられた時も仏であり、亡くなった後も成仏の境涯にあることは間違いないと、力強く励まされています。
南条兵衛七郎が大聖人に帰依した期間は、決して長くはなかった。
しかし、その強盛な信心は、妻に、そして時光をはじめとする子どもたちに確かに受け継がれていた。
私たちが日々唱えている「南無妙法蓮華経」の「南無」とは、「帰命する」という意味であります。
妙法蓮華経に「帰して」いく。
そして妙法蓮華経に「命いて」行動していく、この「帰」と「命」の双方向が、南無妙法蓮華経に含まれているのです。
大聖人が「自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり」と仰せの通り、「大宇宙」即「自分自身」の「仏界の大地」を根本にして綴る、荘厳なドラマとなっていくのです。
大聖人は「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承(けつみゃくそうじょう)とは云うなり」と記されています。
どんな名声も権勢も、人生の終わりには塵のように消える相対的幸福にすぎない。
妙法という、大宇宙を貫く不滅の法則から離れない人こそ、三世永遠に「生も歓喜、死も歓喜」の、絶対的幸福境涯となるのです。
「長寿」について。
たとえ短命であっても、「生命力」満々と生き、大いなる価値創造をして亡くなれば、その人は「長寿」だったのです。
また広宣流布をして、多くの人々に偉大な「生命力」を与えたこと以上の「長寿」はないと言えるのです。
広宣流布の使命に生き抜き、わが生命を勝利で飾りましょう
【生も歓喜、死も歓喜】
「永遠の生命観」を深めよ


