【大悪大善御書】
「大悪を大善に」
大難と戦い変毒為薬の実証を。
変毒為薬(へんどくいやく)
毒を薬に変える様なもので。
悪い事を、良い事に、変えて行く働きの事。
御書
大事には小瑞(しょうずい)なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法(だいほうぼう)・国にあり大正法必ずひろまるべし
通解
大きな出来事の起こる前には小さな瑞相はない。大悪が起これば大善が来るのである。
既に大謗法が国に充満しているのであるから、大正法は必ず弘まるであろう。
御述作の年代や、誰に与えられた御手紙かは不明ですが。
内容から、日蓮大聖人が身延に入られて以降、迫害に遭った門下への激励の為に、認められた御手紙と推察されます。
大謗法が国に充満し、大聖人門下に厳しい迫害が競い起こっている現実(大悪)は、必ず大正法が弘まる事(大善)の前兆であるから、嘆いてはならないと激励されている。
大聖人は、「大悪は大善の来るべき瑞相(ずいそう)なり」とも仰せです。
「大悪」が競い起こった時こそ、我が生命に、お題目を唱えて、善根を積む「チャンス到来」なのです。
「唱題は善根なり」。
「信心」を奮い起こし、喜び勇んで戦い、勝てば、大悪を「大善」に変える事が出来る。
「変毒為薬」を成し遂げられるのです。
大聖人はこの御文の後、こう続けられます。
「おのおの、何を嘆いておられるのか。迦葉尊者(かしょうそんじゃ)でなくとも、舞をも舞いなさい。舎利弗でなくても、立って踊りなさい。上行菩薩が大地から出現された時には、踊って出現されたのである」
(迦葉尊者・舎利弗は釈尊のお弟子。上行菩薩は法華経に出現する菩薩)
大聖人は、命に及ぶ大難に遭われても、ますます欣喜雀躍されながら戦われた。(欣喜雀躍=踊り上がって、大喜びする事)
そして、「我が弟子も続け」と呼びかけられます。
この大確信に、弟子たちがどれほど勇気づけられた事でしょう。
喜び勇んで広布に邁進して行ったのです。
人生の途上で、いかなる「大悪」に遭おうと、強盛な「信心」で挑戦して勝ち越え、見事に「大善」へと転換された大聖人。
「最大のピンチ」こそ、実は境涯革命の「最高のチャンス」なのです。
「大悪を大善に」
大難と戦い変毒為薬の実証を。


