【御義口伝】
【歓喜の中の大歓喜】
胸中の仏界を呼び覚ます唱題
御書
始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く 所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり
通解
初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である
法華経五百弟子授記品第8の「其の心大に歓喜す」との経文についての「御義口伝」であり、幾多の人々が、我が身で体験し、実感してきた有名な一節です。
「人生の最高の喜び」は、どこにあるか。
それは、自分自身の仏界を呼び覚ます「信心」のなかにある。
日蓮大聖人は、「所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時必ず無作三身の仏に成るを喜とは云うなり」と仰せになられた。
その「大歓喜」の境涯を、万人に開くために説かれたのが日蓮仏法であるのです。
この大歓喜の境涯に至るには、「難と戦い、乗り越える」ことだと仰せです。
大聖人は、「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」「これほどの悦びをば・わらへかし」等々、難こそ誉れと喜び勇んで難と戦い続けられた。
この、たゆみなき不惜身命の実践を貫いてこそ、わが胸中に「歓喜の中の大歓喜」の太陽が昇るのであると。
そして「自他共の幸福のために戦う」ことだと。
大聖人は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」と仰せです。
本抄で「我心本来の仏なり」と仰せのごとく、一切の勝利の因は、わが胸中にあることを確信して前進して行きましょう。
【歓喜の中の大歓喜】
胸中の仏界を呼び覚ます唱題


