(ゆっくり教学)49.自分らしく輝いていく❣️ひとりではなく、団結して初めて叶う。【教学】

教学

異体同心いたいどうしん
「信心の団結だんけつ」があれば広布は前進

広宣流布の前進を実現に勝ち取っていく最大のカギとなるのが、「信心の団結」です。

信心の団結について日蓮大聖人は「異体同心いたいどうしん」と説かれています。

「異体同心」とは「体はことなっていても、同じ心に立って力を合わせること」です。

異体いたいとは、年齢、性別、職業、境遇きょうぐう、人生経験などが、人それぞれに違うこと。

同心とは、こころざし、目的を同じくすることです。

仏法を学ぶ人にとっては「広宣流布」を目指して、心を一つにしていくことが「同心」です。

大聖人は、御書にて仰せです。

「『異体同心』であれば万事ばんじげることができます」「日蓮の一門は『異体同心』なので、人数は少ないけれども、大事を成し遂げて、必ず法華経は広まるだろうと思っています」

現代では、日蓮大聖人の法華経教義は、全世界で行われています。

不可能を可能にできる、ということです。

団結だんけつは力」です。一人ひとりの力をし合わせただけの力ではなく、「け合わせた」力が、全体として発揮はっきされます。

異体同心の団結とは、信心根本の広宣流布の実践によって、一人ひとりが仏界の生命を涌現ゆげんし、生命にそなわる無限の可能性を、開きあらわしていく団結です。

仏界をあらわした一人ひとりの団結であれば、その力は確かに計り知れないものとなります。

そして、また大事なことは、異体同心の団結とは、一人ひとりの個性がおもんじられ、生かされていく団結だということです。それが「異体」という意味です。

仏法の眼から見れば、その人でなければたせない「役割」、その人にしかになえない「使命」が、だれにもあります。

例えば、野球をれいにとれば、投手が九人いるチームを作っても勝利には直結ちょっけつしないのと同じようなものです。

勝利のためには、いい投手も、いい捕手ほしゆも、そして打撃力だげきりょく守備力しゆびりょくも、いろんな才能をもつ人たちが必要になるはずです。

さまざまな職業、境遇きょうぐうの人が信心して、はじめて広宣流布は進んでいくと思います。

多種多様たしゅたような人が「自分らしく輝いていける」のが、大聖人の仏法なのです。

そして、もう一つ大事なことは、異体同心の信心の集いにこそ、「信心の血脈けつみゃく」がかよい、広宣流布こうせんるふへの道がある、ということです。

私たちの人体じんたいの血管に、血がえ間なく流れています。

それと同じように
血脈けつみゃくとは、師匠から弟子へ仏法が、とどこおりなく受け伝えられることです。

しかも、本来、血脈けつみゃくとは仏から万人ばんにんへ開かれているものです。

大聖人は仰せです。

そうじて日蓮の弟子檀那でしだんならが、自分と他人、かれこれとの分けへだてなく、水と魚のようにたがいに助け合う心で、異体同心に南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事しょうじいちだいじ血脈けつみゃくというのである。しかも、今、日蓮が弘通ぐつうすることの肝要かんようは、これである。もし、この通りに実践じつせんするならば、広宣流布の大願だいがん成就じょうじゅするであろう」

生死一大事しょうじいちだいじ血脈けつみゃくとは、生死の苦悩を解決かいけつしていく「妙法」が、師から弟子へ受け継がれること。つまり、広宣流布こうせんるふへ異体同心の信心で唱える題目だいもくによって、「信心の血脈」が流れかよい、広宣流布の大願だいがん成就じょうじゅするのです。

広宣流布を目指す唯一ゆいいつの異体同心の和合僧団わごうそうだん(仏法実践者の集い)をたくさん作っていきたいものです。

信心の血脈が流れ通う団体だからこそ、和合僧団わごうそうだんは大聖人の大願である「世界広宣流布」の道をきずくことができるのです。

かけがえのない一人ひとりを大切にし、その可能性を花開かせながら、民衆の幸福を現実に広げていく。この異体同心いたいどうしんの信心の実践じつせんは、全人類の幸福の実現へと向かう壮大そうだいな挑戦なのです。

異体同心というのは、現代でいえば「組織」ということです。

「異体」というのは、人それぞれ、姿も立場も、状況じょうきょうも使命も違う。

しかし「心」は、そして信心は「同心」でいきなさいという事です。

異体異心いたいいしん」では、バラバラです。「同体同心どうたいどうしん」というのは無理やり、形も姿も心まで統一とういつしようというのです。ファシズムであり、自由はない。

だれもついてこられず、格好かつこうだけ合わせている。結局、「同体異心どうたいいしん」になってしまう。

異体いたい」とは個性を生かすということです。「同心」とは、信心を根本に、心をひとつにしていくことです。本当の団結だんけつです。

また、「たとえ、一人になっても自分は前進する」という「一人立つ」強さがあってこそ、しんの団結はできる。決してたがいにりかかるということではない。

【異体同心】
「信心の団結」があれば広布は前進

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